木村彰一『古代教会スラブ語入門』(白水社、1985/復刊2003)その2


古代教会スラブ語はすべてのスラブ文語中、最古。
一部が10世紀、大部分が11世紀に主として
ブルガリア地方とマケドニア地方で作られたと推定される。
木村彰一『古代教会スラブ語入門』(白水社、1985/復刊2003)
を拾い読みする。



「まえがき」にこうある。


   本書はもっぱらわが国の初学の人びとを対象とした
   文字どおりの入門書であって、
   要するにできるだけ早く読者に
   テクストの読解力をつけていただこう
   という実用的な目的しか持っていない。
                     (p.5)


古代教会スラブ語の文化史的意義について
木村先生が書いた一節に目が止まった。


   (略)この言語が、ギリシャ語の複雑な構文を取り入れ、
   かつまたギリシャ語を下敷きとして作った、
   抽象的概念をあらわす多くの新造語を含む純然たる文語であり、
   したがって統語論と語彙の面では、
   当時どの地方のスラブ人が用いていた口語からも
   相当かけはなれたものであったろうこともまた、
   容易に想像のつくところである。


   こうしてバルカン・スラブ人とロシア人とは
   ビュザンティオン(引用者注:後のコンスタンティーノプル)
   からキリスト教を受け入れると同時に、
   それまで彼らの知らなかった文字体系ばかりでなく、
   みずからの日常用いる口語と同じ系統に属し、
   しかも高度に抽象的な思考を可能ならしめる
   文語をも一挙に与えられ、
   これによってビュザンティオンのゆたかな文化遺産
   ある程度受けつぐことになった。
   古代教会スラブの巨大、かつユニークな文化史的意義は
   まさしくここにあると言えよう。
                         (pp.24-25)



キエフ断片)


福音書などキリスト教会文献を取り入れるために作られた
古代教会スラブ語が、
同時にギリシャで生まれた抽象的概念を
ビュザンティオンから受けつぐ原動力になった。
そのことでバルカン・スラブ人、ロシア人の
抽象的思考が可能になった。



(グラゴール文字の写本)


キリスト教を知ろうとする意欲が言語を開発させる。
その言語が別の土地で人間の抽象的思考を育む。
宗教、言語、抽象的思考に関する、
なんとダイナミックな文化史的動態なんだろう!


本書は「ロシア語辞典」ポーランド語辞典」を編集した
木村彰一先生に興味を惹かれて手にした。
先生に稀覯文献を長期貸与し感謝されたのが
千野栄一さんだったことも本書「まえがき」で知った。
語学の達人というのは
木村先生のような仕事をする人を指すのだとつくづく思う。


古代教会スラブ語入門

古代教会スラブ語入門

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)

wikipedia:木村彰一
wikipedia:千野栄一