僕の英語勉強法ー英語とJOYの接点を見つける(第3回)


★悲観的に準備して、楽観的に実行する


  ●先日、MBAビジネススクールケロッグ受講生たちへの
  プレゼンテーションを見せていただきました。
  素晴らしい内容で感銘を受けました。
  日本人が英語で行うプレゼンテーションとしては
  最高レベルのものではないでしょうか。


ありがとうございます(笑)。
最高レベルにはまだほど遠いですが、
そう評価していただけると大いに励みになります。
僕はプレゼンテーションの前には
全部スクリプトを書いて準備しています。



自分で草稿を書き、いつもお願いしている
スコットランド人のネイティブ・ライターに一度書き直してもらい、
それをもう一度自分の言葉に書き直すプロセスを経て完成させます。
やはり、ネイティブライターでないと書けない言い回しもあります。
反対に、いくら洒落た表現でも僕の言葉にはなっていないと判断したら
採用しないでさらに自分で書き直すこともあります。


  ●え〜!そうなんですか。
  スクリプトを書いているとは思いませんでした。


スクリプティングが自分にとって最高の勉強になるんです。
例えば日本語でコピーを書くときも抽象語や形容詞を多用せず、
数字、固有名詞を大事にするのは基本中の基本です。
これは広告のコピーに限らず、ライティングスキルの基本です。



3.11以降、いまだに避難している人のことを描写するとき、
「いまでもたくさんの人が避難しています」と書くのと、
「2013年5月現在、全国で30万人以上の人が
避難生活を続けています」と書くのでは伝わり方がまったく違いますね。


  ●確かに説得力が全く違いますね。


3月のケロッグスクールとのセッションの後で、
5月に母校ベルリンスクールのみなさんとのセッションを汐留でやりました。
僕のプレゼンテーションが1時間半、
後半、受講生のディスカッションとプレゼンテーションを中心に2時間。
全部で3時間半のワークショップです。
テーマは、「Communications in Japan After 3.11
– What We Could Not Do and What We Could–」です。



自分で一からスクリプトを書き、
社の同僚であるTさん、Nさんと一緒に事例を集めました。
先ほどの例はプレゼンテーションで使ったデータのひとつです。
喋ってしまえば一瞬ですが、
きちんと調べると結構時間がかかります。
人の前で責任もってなにか話す、伝えるためには、
英語以前に裏付けを取るための時間が必要です。


僕の場合、プレゼンテーション時間の
だいたい10倍の時間を目安に準備します。
ですからベルリンスクールでの90分のプレゼンテーションでしたら、
最低15時間はかけて準備しています。
それだけ準備しないと自分の考えているクォリティーには届きません。
人に話すということは人の時間を奪うことですから、
なにか意味あることをせめてひとつは持っていってほしいと思います。
その責任に応えるには準備しかありません。


  ●それはかなり意外でした。
  いつも軽やかにプレゼンテーションをされている
  印象がありました。
  まるでアドリブのように見えるというのが、
  ひょっとしたら練習の成果なんでしょうか。



数年前までは、事前に準備したスクリプトを見ながらでないと
なかなか英語でスピーチすることはできませんでした。
でも、自分が聴く立場になると分かるんですけど、
「原稿を読みながら喋ってる」と思われると
聴き手の熱は一気に冷めるんですね。


つまり、それはせいぜい本番の3日から
1日前くらいに書いた内容なんだから、既に過去のものです。
「話を聴く必要はないから、原稿をください」
と相手に言われてしまったらコンテンツ価値としてはおしまいです。
それでは、つまらない。「いま、この瞬間」に考えていることを、
あらかじめ考えてきた内容に付け加えて常にアップデートし続けたい。



例えば、こうして僕がいまお二人に話していて、
聴き手のお二人が突っ込んでくれれば対話が生まれる。
そうすると化学反応が起きて、
その場でしか生まれない考え、言葉、見方に出くわす可能性もある。


英語でスピーチするようになって最初の頃はQ&Aは苦手でした。
準備したことなら話せるけれど、
Q&Aはなにが飛び出すかわからないから。
おまけに、そもそもなにが聞きたいのか
分からない質問も結構多い(苦笑)。


いまは逆です。Q&Aがないと物足りない。
そこでのインタラクションがあって
初めてその日のスピーチ、プレゼンテーションが完結する。
だから日本人だけを相手に話して、
拍手だけもらってなにも質問がないのはとてもガッカリします。
その後個人で訊きに来てくれる人はいるけれど、
どうしてみんながいる場所で質問してくれないんだろう、
そうしたらそのやりとりも含めて
みんなで共有できたのに、と思います。



もし英語のコミュニケーション・スキルを上げたいのなら、
「私はシャイです」と言うのはもう止めた方がいい。
シャイであることはちっとも謙遜でない。
黙っているより、的が外れた質問をする方がずっといい。
ここは日本人のずっと変わらない弱点です。


  ●『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』
  という本を読みました。
  ジョブズでさえもスピーチ時間の10倍以上準備するんですね。


スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン


僕もスティーブ・ジョブズのプレゼンテーションは
ずいぶん研究しました。
ジョブズの場合は抽象的な話で終わらせず、
必ず新製品、新サービスのデモンストレーションを行うのが原則です。
偉大なるセールスマンなんですね。


デモンストレーションを成功させるために
常に複数のバックアップを用意します。
99台のデバイスが例えフリーズしても、
100台目でカバーできるように徹底的にリハーサルします。
まぁ、100台全部壊れる確率はかなり低いし、
だいいちそんな確率で壊れる新製品なら
誰も欲しくならないですよね(苦笑)。


ここでのレッスンは、
ティーブ・ジョブズがそれだけの準備をするなら、
僕たちはもっと用意周到である必要があるということです。
Fear the presentation.「プレゼンテーションを恐れよ」
というのが基本姿勢だと僕は思いますね。
だから、いまでもスピーチ、プレゼンテーションはとても怖いです。


  ●そうですか。意外ですね……。


「悲観的に準備して、楽観的に実行せよ」。
これが僕のモットーです。


  ●最悪を想定しろということですね。



3月末にケロッグのみなさんに話したときもそうでしたが、
プレゼンテーションが始まってしばらくして、
ああ、みなさん、関心を持って聴いてくれているなぁと体感すると、
恐れる気持ちが少し減っていきます。


まぁ、どのみち、逃げ出すこともできないし、
まな板の上の鯉であることに代わりはないんですけどね。
プレゼンテーションが始まる1分前、1秒前まで不安です。
始める前に安心しているプレゼンテーションは一回もない。
少なくとも僕は一回もありません。


  ●そう見えないところがスキルなんでしょうね。


いえいえいえ……そんなことないです。



★15分のすき間レッスンを積立貯金する


  ●NHKラジオ講座についてもう少し詳しくお訊きします。
  今から自分もやってみようという人に
  具体的な取り組み方などアドバイスがありますか?


英語が苦手だと思っている人は自分が受ける講座のレベルを
ひとつか、ふたつ落として始めてみることをお勧めします。
今年度でしたらラジオ英語講座は全部で9講座あって、
レベル別にA1からC1まで
CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)で分類されています。
自分がA2と思ったらA1、B1と思ったらA2に下げてみると
きっと苦しくないと思います。


少し易しすぎるなぁと思ったら
テキストブックを見ずに音だけ聴いて、
反復練習するときも文字に頼らないようにするといいです。
筋肉トレーニングと同じで、負荷のかけ方を変えてみるんです。
初級と思っていても案外聴き取れない箇所があることに気づきます。



僕も毎月テキストブックは購入しますが
使うのは復習のときだけです。
放送を聴くときはテキストブックは見ません。
これを続けていくと
リスニング、スピーキングの力がついていくのが分かります。
人と会話するときだって、文字に頼る訳にはいきませんからね。
受講する講座のレベルをひとつか、ふたつ落とすのは、
自分の現在の英語能力に正直になることです。
見栄を張ってはいけないんです。


友人のプロデューサーが英語をやり直したいというので、
僕がレベルを調べてあげて「基礎英語1」に戻ることを助言しました。
友人の娘さんが当時中学生で、
「基礎英語1」を勉強していることを知られると恥ずかしいので
録音して夜中に勉強していると言っていました。



  ●僕も中学の時に「続基礎英語」をやらされました。
  先ほど、英語以外の言語もNHKラジオ講座で勉強している
  とおっしゃっていましたね。


ええ、英語と同じ方法を使って、ドイツ語を勉強しています。
2005年にFという会社に出向してBMWの仕事をするようになりました。
日本支社だけでなく、ミュンヘン本社の方たちとも仕事をしていました。
僕は言語というのは文化を蒸留した結晶だと思っています。


ですから、ドイツ発でグローバルブランドとなった
BMWを深く知るためにはドイツ語を学んでおくことは
きっと有効だろうと考えました。
中学に入ったときにラジオ講座で英語を学び始めたように、
出向した4月1日からドイツ語講座も聴くようにしました。
いまも続けていて、9年目になります。



大学で学んで以来のドイツ語で、
再スタートしたのが50歳でしたから、
12歳で始めた英語ほど進歩のスピードは上がりません。
でも、これから英語を学び直す人には
僕のドイツ語のケースが参考になるのではないでしょうか。
半年ごとに新講座が立ち上がるので
初級、応用、どちらもまとめて聴いています。


ミュンヘン、ベルリンに出かけたとき、
タクシーの運転手と少し会話したり、
レストランでメニューを見て注文するくらいはできます。
ドイツ人の友人は向こうで会うごとに
「ずいぶん進歩したね」と褒めてくれるので、
まぁ、少なくとも後退はしていないようです。


中国語、アラビア語もほんの少々かじりますが、
自分の人生の持ち時間ではとても足りません。
そこまで語学に時間を使うことはできないのですが、
いつも新しい言語を学ぶのは楽しみだし、
脳細胞を若く保つにも役立っていると自分では信じているのです(笑)。



  ●本屋でテキストブックを買って聴いているんでしょうか?


そうですね。
僕はいったん始めた講座は聴き逃したくないので、
テキストブック、CD両方買って、
さらにラジオ付きICレコーダーで録音しています。
そういうところは用意周到なんです(笑)。
以前のタイマー録音はコードをつないだり
時間をセットしたり結構面倒でした。


2003年に愛知のメーカー・サン電子
トークマスター」という
ラジオ付きICレコーダー付きを発売したとき、
「これだっ!」と思って即買いました。
いまでも初代機を使っています。
このメーカーの女性スタッフの発案で、
全国に300万人いるNHK語学講座受講者を対象に
ニッチ製品として企画開発したのです。



テキストブックに新発売広告を掲載していたので、
すぐにオンラインショップで注文しました。
もともと装備されている録音容量に加えて
SDカードを併用すれば30-40時間分の録音もへっちゃら
というすぐれものです。
機能としてはこれ一台でもう充分。
そんなに録音番組が溜まったらかえってやる気がなくなります(笑)。
その後、オリンパスなど大手メーカーが追随しましたが、
僕は先駆者精神を敬愛するので他のメーカーに鞍替えしていません
(注:現在、「トークマスター」シリーズは
 製造中止になっているようです)。


トークマスター」に英語4講座、
ドイツ語2講座、中国語1講座をタイマー録音し、
通勤、料理、そうじ、ウォーキングのとき、ながら聴取します。
ながらでできるのがラジオ講座の強みです。
1レッスンは15分ですから、昼食を準備しながら3レッスン、
洗濯物をたたみながら1レッスン、ウォーキングしながら4レッスンと、
すき間時間を見つけては貯金するように勉強します。
他の用事をしながら耳だけ使うのがいいトレーニングになります。
海外出張しても帰国してから録音を聴いてブランクを取り戻します。



以前、カンヌに備えてトレーニングしていたとき、
一日中部屋に籠もって勉強して家のことをなにもしなかったら
妻に怒られたんです(苦笑)。
いまは、土曜日の10時30分から13時までは勉強時間と認めてもらって、
その間だけはお役御免でテーブルに向かって
リアルタイムの放送を聴いています。
後は、ジプシーのようにすき間時間をフル活用した「ながら勉強」です。



2011年にGlobal Talker VOCAL52Lという
音声機能付き52ヶ国語翻訳機が発売されたので
これも買っちゃいました。
東工物産という商社が作った製品です。
52ヶ国語の言語が20,000単語、慣用句2,300語ずつ
ネイティブ音声とともに収録されています。
どの言語も残りの51言語に翻訳できるものなんです。
アラビア語ベンガル語からウクライナ語、ウルドゥー語ベトナム語まで
計1,040,000単語、収録されています。


「こんなマニアックな製品、誰が使うんだろう?」と思いますが、
少なくとも僕は買いました。
アマゾンに製品レビューを書いたら、
20人が読んで15人が参考になったと投票しています。
まぁ、一生かけても学びきれないほどの言語が
単4乾電池2本の重量も含めて
145グラムの機器に詰まっているのが壮観です。
でも、いずれ機器すら必要なくなり、
データがアプリになってスマートフォンタブレット上で
安価に普及していくんでしょうね。


(つづく)


  ●このインタビューは
  筆者が勤務する会社の社内サイトに掲載した内容を
  社の了承を得て一部加筆修正して転載しています。