僕の英語勉強法ー英語とJOYの接点を見つける(第4回)

★自分の好きなことを英語でやればいい


  ●英語を学ぶモチベーションについて
  聞かせていただけますか。


40歳でラインCDになったとき、
僕は部下たちにこう言っていたんです。
「グローバルの時代が来ることは間違いないから、
最低限ツールとして使える英語能力は装備しておいた方がいい。
そうでないと、日本語圏でしか仕事ができないことになり、
君たちの可能性を大幅に狭めてしまうことになる」。



彼らから「どのように勉強すればいいんですか?」と質問されて、
僕はこう答えました。
「義務教育のときは義務教育の方法がある。
 僕たちは大人だから大人の勉強法がある。
 いまさら税関における会話とか、
 人工的に作られたシチュエーションの会話を
 学び直したいかい?
 これまでいろんな教材を使ったり
 学校に通ったり、あれこれトライして
 それでも身につかなかったのなら方法を変える必要がある」。
僕のアドバイスは、
「自分の好きなことを英語でやれ」です。



好きなことは、人間、やるなって言ったってやるんです。
時間がないと言ったってやるんです。
だったら、そこに英語をのせれば話が早い。
つまり、料理が好きな人なら料理の本や雑誌、
いまならサイトを英語で読めばいい。番組だってあるでしょう。
もともと料理が好きなんだから基礎知識がある訳だし、
「こういうとき英語ではこう言えばいいんだ」
と発見があるでしょう。
そうすれば楽しくなる。
楽しいことが前に進むための一番強力なエンジンです。



大リーグが好きで、週末見かけないなぁと思うと、
弾丸ツアーでアメリカまで行って試合を観て
トンボ帰りしてくる同僚がいました。
そんな、誰にも真似ができないようなエネルギーがあるんだから、
その上に、ただ英語をポンとのせればいい。
彼に助言すると、さっそく大リーグ情報を
英語で取るようになりました。
そうなれば、強い。
やるなって言ったって楽しいんだからやるに決まっている。
彼はもともと読み書きは強い人だったから、
英語が苦にならなくなったようです。



その時代の僕のチームの連中は、
ひとりは退社してニューヨークで自分のフィルム制作会社を立ち上げ、
10年以上生き延びています。
いまもニューヨークにいます。
もうひとりも退社してロンドンの写真学校に入り
卒業して帰国し、僕が出向していたFで採用され、
コピーライターとして復帰しました。
バイリンガルになった強みでいまも雇用され続けています。
僕は、「ね、10数年前に僕が言った通りの世の中になっただろう?
東京、ニューヨーク、ロンドン。
僕たちは世界に羽ばたく中山部ワールドワイドだ」
とちょっと自慢しています。


  ●部下のみなさんがちょっとしたきっかけで
  モチベーション・マネジメントできるようになった訳ですね。



それでもやはり英語が身につかなかった人たちもいます。
僕はこう考えることにしているんです。
「その人たちにとって実は英語はそれほど大事でもないし、
 切実でもないんだ。
 だったら、それは人それぞれの価値観なんだろう」。
これだけ英語が仕事の場にも押し寄せているのに、
いまだに英語を身につけないというのは
ある意味、凄いことです。
まぁ、プレッシャーを感じることはあるのかもしれないが、
今日一日は英語なしでなんとかなっているんだから。


先ほど話した、僕で言えば「カンヌ」以後の、
英語で考え、英語で議論ができ、
英語で発表できる能力を身につけ、
なおかつその能力を維持していくためには
5,000時間とか10,000時間はきっと必要になるでしょう。
大型飛行機のパイロットの訓練と同じです。
いま、自分が10,000時間持っているとして、
それをどう使うかは人生の選択ですね。
時間をどう使うかが、生きることそのものですから。
となると、その10,000時間を英語に使うのが
本当に自分にとって大切なのかどうかは判断した方がいいですね。


  ●10,000時間と言うと
  毎日3時間ずつ勉強しても10年かかりますもんね。



スパイの外国語訓練について調べたことがあるんですよ。
どこの国に潜入するにしたって
母国語同様に言語が使えないとスパイ失格ですよね。
秘密機関は語学の才能がありそうな人間を
10人なら10人集めて、毎日15時間ずつ2年間訓練するんです。
つまり、10年分の習得時間を
早期育成ということで2年間に圧縮するんです。
そうすると必ず何人かは頭がおかしくなるんですって。
いくら語学習得に優れた人間でも、
異国語を短期間にそれだけのペースで詰め込むと
脳が追いつかなくなる。
その訓練をクリアした人間だけが国際スパイになれます。


だから、これからグローバル化がどんどん進んでいって、
英語ができないことのマイナス面が
どんどん出てくるだろうけれど、
逃げ切れる自信があるのならそれでもいいと僕は思います。
頭がおかしくなるよりはマシですもんね。
でもね、10,000時間を2年で勉強するならともかく、
毎日15分、30分、英語を勉強するくらいで
人間の脳は壊れませんから安心していいと思いますけどね。



★自分のJoyが英語を学ぶ取っ手になる


  ●最後に英語学習で困っている社員に、
  なにか一言ありますか?


もし、僕に語学堪能の父がいなかったとしたら、
もし、僕が父の教えに従って
12歳の4月1日からずっとNHKラジオ講座を聴き続けてこなかったら、
と想像してみると、
英語習得に苦しんでいるみなさんと同じように
僕も今頃苦しんでいたかもしれない。


あるレベルまで英語が使えるようになって
一番素晴らしいと思うのは、
島国に暮らしていながら「窓が開く」ことですね。
日本は何でも揃っているし、サービスの質は高いし、
文句さえ言わなければお金にもさほどは困らない。
でも、一方で真綿で首を絞められているような、
あるいは天井が低くてときどき頭をぶつけてしまうような、
そこはかとない居心地の悪さを同時に感じます。
そんなとき、たかが英語されど英語、
英語で窓を開けておくと異質の風が入ってきて
刺激になったり、心地よかったりします。



窓が開けば、風を受け入れるだけでなく、
こちらから発信することも可能になります。
英語人口は日本語人口の10倍以上はあります。
僕たちはガラパゴスだ、島国だと自嘲するのが好きですが、
海外の人たちから見れば
その窓が日本にアクセスする入り口になります。


コミュニケーションは双方向ですから、
自分中心にばかり考えていては景色は見えない。
相手も窓を必要としています。
その窓から日本を見直すと、他の国が真似できない、
日本の文化・サービス・人間について
外国人が尊敬している一面も見えてきます。
双方向になることで景色が拡がり、
見晴らしがずっとよくなります。



英語学習法を、例えばこのように
企画コンテンツとして提供することはとても親切です。
でも一方で、英語学習一つとっても情報が溢れすぎ、
どれを信じていいか分からない。
キョロキョロ見回しているうちに
自分の考えに背骨がなくなってしまうリスクが出てきます。


周りから言われているいろんなことをいったん全部忘れて、
もちろん僕の言ったことも一度読んだら全部忘れてしまって、
言語を使えることの「悦び」を
自分で探してみたらどうだろう、と思うのです。
「悦び」が見つかれば、英語学習はもう苦痛でなくなる。
苦痛であることなんか、人間、長続きするはずがないんです。



経験10年くらいのクリエーティブ社員を
アジア拠点各地に3ヶ月派遣するプログラムを
同僚たちと昨年8月に立ち上げました。
既に11人を派遣しました。
そうすると、現場でどんなことが起きるか。
例えばTOEIC300点台の社員が、
ジャカルタバンコクでローカル社員と一緒になって
生き生き仕事をしているんです。
ちゃんと現地のみなさんたちから必要とされています。



そうした現場に立てば、
もっと英語を勉強しようというモチベーションが自然に湧いてきます。
日本の外でクリエーティブの仕事ができる「悦び」があるんですね。
「毎日忙しいですが、
 こんなに仕事が楽しいのは新入社員のとき以来です」
と週報に書いてきたメンバーもいました。
「悦び」、Joyの力は素晴らしいです。


だから、いま英語学習が苦痛の人はなんとしても、
自分にとってのJoyを見つけることが実は一番の近道なんです。
それ以外に近道などないと僕は思います。
「Joyなんか英語学習にある訳ないだろう」
と思う人もきっといるでしょう。
その人たちには僕はなにもしてあげられない。
なぜなら、その人たちのJoyを僕が代わりに見つけてあげて、
代わりにその人たちの人生を生きることなど不可能なんだから。



少なくとも僕は
「会社のニーズに応えられるようになる」とか、
「自分の仕事を英語で人に説明できるようになる」
ということではモチベーションが湧かない。
そういう世間や外部の押しつけや建前に対して、
内心「くそくらえ!」(汚い言葉づかいですみません)と
自分の道を切り拓いてきたのが僕の英語人生ですから。


いまは、お膳立てができすぎている時代です。
せっかくJoyを自分で見つけようと思っているのに、
すぐさまJoyを解説したり評価したり批評する人が出てきたり、
挙句の果てにはやる気をなくさせる情報まで転がっている。
やろうとする出端をくじかれるんですね。



コネクトの時代、ネットワークの時代にこそ、
ときに自分からディスコネクトして
ネットワークから自分を発見されないように
ひきこもる時間が必要です。


毎日仕事をしていると辛いこともたくさんあります。
とてもJoyどころではない時間もしょっちゅうです。
でもそこであきらめず、自分のJoyを探し続けること。
茫洋としてつかみ所のない「英語」という存在に、
Joyという取っ手をつけてやること。
そうすればもう英語は怖くないし、
Joyの取っ手でグリップすることができます。



村上春樹が好きなら、
ジェイ・ルービンなどの英語訳が出ていますから、
日本語の原文と対比して読んでみてはどうでしょう
NHKラジオ講座「英語で読む村上春樹」もおすすめです)。
英文和訳の講義を受けている訳ではないですから、
日本語を参照しながら英語を勉強したって
もはや怒る先生もいない。
自分のJoyだけは他人に見つけてもらう訳にはいかない。
英語とJoyの接点を見つけて、
10,000時間とはいかないまでも、
一日15分ずつくらい楽しみながら学んでみたらどうでしょう。
……平凡な意見ですけど。


  ●全く平凡ではないです……。
  英語だけでなくいろいろなことを今日はお聴きできたと思います。
  長時間、ありがとうございました。


(完)


[参考図書]


インタビューで触れなかった、
もうひとりのNHKラジオ英語講座の恩師、
松本亨先生の著書を紹介します。


1. 松本亨『英語と私』(英友社/1958)


英語と私

英語と私


杉田敏先生とともに僕がNHKラジオ講座
もっとも影響を受けたのが松本亨先生。
先生の「英語会話」講座は僕の目と耳を開いてくれました。
著作はすべて持っています。
「英語で考える」を日本で最初に提唱したのが松本先生。
「そんなことが日本人の僕にできるんだろうか?」
と当初不安に思ったこともありましたが、
いまでは先生の主張が正しかったことが分かります。
「私のすすめる英語勉強法」の章が参考になります。
先生の自伝的著書。


2. 松本亨『増補・英語演説 その原則と練習』(英友社/1966)


英語演説

英語演説


1997年以降に英語でスピーチする機会ができ、
この本をテキストブックに使って自分で方法を学びました。
太平洋戦争中も含め、
全米で1,000回を越えるスピーチを実践してきた
先生だからこそのヒントがぎっしり詰まっています。
ケネディ大統領、マーチン・ルーサー・キング牧師らの
名スピーチ原稿も掲載されていて練習に役立ちます。
僕はスクリプトを書くといつも風呂場で朗読して練習しています。
音の反響があって
会場で話しているような感じを味わえるんですね(苦笑)。


3. 『松本亨英作全集(全10巻)』(英友社/1967)


松本亨英作全集 第10巻(英文練習編)

松本亨英作全集 第10巻(英文練習編)


英作文は和文英訳ではありません。
もとの意味を英語で正確に伝えられるように書くのが英作文です。
生徒たちが実際に書いた英文を先生自身が添削し、
さらに独習のための練習問題が付いているシリーズです。
スクリプトを書くとき、
こうしたトレーニングをしておくととても役に立ちます。



 (補遺:2013年7月5日に
  社内サイトの「英語学習法」インタビューを実施。
  書き起こし原稿を大幅に加筆修正。
  同8月1日から社内サイトにアップロードした。
  担当者の了解を得て9月から
 「中山幸雄デジタルノート」に転載。
  その際、ごく一部の文章の修正を行った。
  社内サイト掲載時に使用された
  参考図書画像やTOEICスコアチャートなどは
  転載にあたり割愛した。2013年8月4日記)