角田房子『味に想う』(1988/1992文庫)(再読)


時には日本語に耽溺したいと思う。
角田房子『味に想う』を読む。



角田は新聞社パリ支局長を務めた夫とヨーロッパを旅した。
その頃の思い出を「味」の一点に絞って書き留めた。
1986-87年、日本経済新聞夕刊に週一回連載したエッセイをまとめ、
文庫化にあたって「亡夫の思い出」を書き加えた。
ブルゴーニュの赤を愛した夫との最期の時間をスケッチした一篇は
知らず知らず目頭が熱くなる。


閔妃(ミンビ)暗殺―朝鮮王朝末期の国母 (新潮文庫)

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甘粕大尉 ――増補改訂 (ちくま文庫)

甘粕大尉 ――増補改訂 (ちくま文庫)


角田は『閔妃暗殺』『甘粕大尉』などで知られる
ドキュメンタリー作家である。
ムダのない硬質の文体だが、ときおり人情の断片が覗く。
ヨーロッパの夏を想わせる湿度の低さが
読んでいて僕はとても心地いい。



例えば小田急東北沢駅に近い小店「おさ田」の一篇。
その小店が近隣、常連のみなさんを
どれほど心和ませているかを淡々と描き、こう締めくくる。


   「おさ田」のような温かい店は全国に散在しているだろう。
    それと出会い、店にはいるたびにほっと心をなごませるのは、
    都会に住む人のしあわせの一つではないか
    ーと私は思っている。


                   (中公文庫p.196より引用)


読んでいるうちに13席しかない「おさ田」のカウンターで
僕もひとり飲んでいるような心持ちになってくる。


(文中敬称略)