村上春樹『騎士団長殺し/第1部顕れるイデア編』(新潮社、2017)


図書館が貸してくれる順番に合わせて、
第2部、第1部と逆流して読み継いできた。
村上春樹騎士団長殺し』(新潮社、2017)を読み終える。
初めに聞いたとき、ずいぶん不思議なタイトルの新作だと思った。


騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編


   それから私ははっと思い出した。
   モーツァルトのオペラ『ドン・ジョバンニ』だ。
   その冒頭にたしか「騎士団長殺し」のシーンがあったはずだ。
   私は居間のレコード棚の前に行って、
   そこにある『ドン・ジョバンニ』のボックスセットを取り出し、
   解説書に目を通した。
   そして冒頭のシーンで殺害されるのが
   やはり「騎士団長」であることを確認した。


   彼には名前はない。
   ただ「騎士団長」と記されているだけだ。
   オペラの台本はイタリア語で書かれており、
   そこで最初に殺される老人は
   「コメンダトーレ(Il Commendatore)」と記されていた。
   それを誰かが「騎士団長」と日本語に訳し、
   その訳語が定着したのだ。


   現実の「コメンダトーレ」が
   正確にどのような地位なのか役職なのか私にはわからない。
   いくつかあるボックス・セットのどの解説書にも、
   それについての説明は記されていなかった。


   このオペラにおける彼は、
   名前を持たないただの「騎士団長」であり、
   その主要な役目は、冒頭にドン・ジョバンニの手にかかって
   刺し殺されることだ。
   そして最後に歩く不吉な彫像となってドン・ジョバンニの前に現れ、
   彼を地獄に連れて行くことだ。
                         (pp.101-102)



(オレンジジュース。ポットコーヒー。温めたミルク。クロワッサン。バゲット
バター。チーズ。ジャム数種。カンヌGホテルの、必要にして十分な朝食)


物語を一回読むだけでは
村上春樹の小説は味わい尽くせない。
二回三回と文章を読み、細部に耽溺することで
悦びが増し、余韻が深まる。


図書館が貸し出してくれる偶然のペースに乗っかって
自分の速度で再読、再々読したい作品だ。
既に次の予約を入れておいた。


「騎士団長」という言葉は、
今後はこの村上作品によって
人々に記憶されることになるのだろうね。


モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 K.527(全曲)

モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 K.527(全曲)