鈴木宗男『人生の地獄の乗り越え方—ムネオを救った30の言葉』(宝島社、2020)

2019年参議院議員選挙に当選し国政復帰。
ロシアとの北方領土問題解決への尽力に
僕が期待する政治家である。
鈴木宗男『人生の地獄の乗り越え方—ムネオを救った30の言葉』
(宝島社、2020)を読む。



「はじめに」から引用する。


  私は「人生の逆境」を問われたとき、次の3つを挙げる。
  ひとつは、私の師である中川一郎先生が1983(昭和58)年に自殺した際、
  「原因は鈴木宗男」との説を未亡人に流布されたことだ。
  中川先生に憧れ、青春を捧げ仕え続けた私にとって、
  「恩師殺し」の汚名はあまりにもショックだった。


  いまでも「政界に打って出たい宗男が中川先生を死に追いやった」
  と信じている人が多くいる。
  ある時期、大量に流された情報が打ち消されないまま残っているのだ。
  私はこの根も葉もない噂に対して、反論せず沈黙を守った。
  私が大声で反論すれば、必ず中川先生の名誉を傷つける。
  いまでも、あのとき反論しなかったことは正しかったと思っているが、
  その後の「宗男バッシング」よりも、このときのほうが精神的には辛かった。


  2つめは、2002(平成14)年の逮捕と長期拘留である。
  これは作られた事件であり、私にやましいところはなかったということを、
  これまでもはっきりと述べてきた。
  しかし、現実問題として実刑判決と公民権停止が、
  私の政治家としての人生に大きな空白を作ってしまったことは事実である。


  そして3つめは、がんの宣告だ。
  2003(平成15)年に胃がんを宣告され、胃の3分の2を切除した。
  2010(平成22)年、2019(令和元)年には食道がんが見つかり、手術している。
  最初にがんが見つかったときには「これで人生、本当に終わりか」と思ったが、
  実際には終わらずに済んだ。
  この「3つの逆境」から私を救ってくれたものは何だったのか。


  本書は、本当に苦しかった時期に私を支え、励まし、勇気付けてくれた、
  さまざまな人たちの言葉やエピソードを紹介するものである。
  たったひとつの言葉が、人間を救うこともあり、破滅させることもある。
  私はそのことをいま痛感している。
                            (pp.5-7)


続く本文で「ムネオを救った30の言葉」が紹介される。
ローラーコースターのような人生を送る間、
人とどんな関係を作ってきたのか、その一端を本書で垣間見ることができる。
宗男さんほどの「地獄」に出会わなくとも、
参照できることが随所に見つかる。


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(青空書斎Rでは桜が早くも五分咲き)