「いた」としか言いようのない猫だった(関村初美)

クリッピングから
毎日新聞2023年5月8日朝刊
読者投稿欄「女の気持ち」 
猫がいた日々


  朗読教室に通っている。
  絵本の「100万回生きたねこ」をいつものように読み始めたのだが
  突然、声が詰まり、涙まであふれてきた。
  数日前、猫が死んだ。
  ペットとか、飼っていたとかではなく
  「いた」としか言いようのない猫だった。


  動物が大好きな一人娘が、
  1人暮らしをして初めて部屋に連れ込んだのが
  野良猫の「かよこ」」である。
  数年後、結婚して地方に行くことになり
  「必ず迎えに来るから」と頼まれ、渋々引き受けた。


  その後、東京に戻ることになった娘が引き取る準備をしたが、
  猫は逃げ回り、捕まえることができない。
  元々人嫌いなのか、私たち夫婦も
  しばらくは近寄ることができなかった。
  「家庭内野良」と呼んでいたくらいだ。


  結局6年間家にいた。
  そのうち慣れてきたのか、なでられるようになり、
  手を差し出すとなめてくるようにもなった。
  そうなると情も湧く。
  夫婦間のあいさつはないが、かよこにだけは
  「おはよう。行ってきます」などと声をかけるようになった。


  異変は突然やってきた。
  今年に入ってご飯を食べなくなり、吐くようにもなった。
  やせ細っていく姿を、
  せつない思いで見ていることしかできなかった。
  抱くことも膝に乗せることもなかったが、
  ときどきふっと気配を感じることがある。
  いたんだなあ、と思い返している。

               東京都多摩市 関村初美 主婦・66歳