「おかしな男 渥美清」(1997-1999)

小林信彦「おかしな男 渥美清
(「定本 日本の喜劇人/喜劇人篇」所収)を読む。
推測でなく、事実を記録と記憶に基づいて書き記す小林のアプローチは
ここでも貫かれる。


定本 日本の喜劇人

定本 日本の喜劇人


僕は夢の遊眠社の舞台を集中的に見ていた時期がある。
人気が出始め、下北沢本多劇場、新宿紀伊国屋劇場を
毎回満員にしていた頃だ。


その頃、キャップを目深にかぶり、
確かジャンパー姿だったかの服装をした渥美清
一度ならず劇場で見かけたことがあった。
渥美自身、寅さんで既に国民的人気者なのに
小劇場にまで通うとはずいぶん勉強熱心だな、
とそのときは思っていた。


おかしな男 渥美清 (新潮文庫)

おかしな男 渥美清 (新潮文庫)


小林の作品を読むと、渥美の勉強は野田秀樹の舞台に限らず、
かなり広い領域において、日常的に続けられていたことが分かる。
そして、そんな自分を渥美はケチで欲張りであると書いたことがあった。
できればいいものを自分だけが見て、
独占しておきたいと告白するのだった。


おかしな男 渥美清

おかしな男 渥美清


業の深さと引き換えにするかのように
芸で輝き僕たちを幸福にする喜劇人がいる。
渥美清も、横山やすしも、そうした数少ない喜劇人であることが
小林の一連の作品から伝わってくる。



彼らの持つ毒に心身をどこか犯されながらも、
絶妙の距離を保ちながら書いてゆく小林の、紛れもないライフワークが
「定本 日本の喜劇人」(全二巻)である、と僕は思う。
なんせ「新劇」に「日本の喜劇人」(中原弓彦名義)を連載してから
昨春、この定本を出すまでに37年の時間をかけているのだ。
小林の、作家としての業も深い。



「おかしな男 渥美清」は、
新潮社「波」1997年4月号ー1999年12月号初出。


  wikipedia:渥美清
  wikipedia:小林信彦


(文中敬称略)