小林信彦「おかしな男 渥美清」
(「定本 日本の喜劇人/喜劇人篇」所収)を読む。
推測でなく、事実を記録と記憶に基づいて書き記す小林のアプローチは
ここでも貫かれる。
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僕は夢の遊眠社の舞台を集中的に見ていた時期がある。
人気が出始め、下北沢本多劇場、新宿紀伊国屋劇場を
毎回満員にしていた頃だ。
その頃、キャップを目深にかぶり、
確かジャンパー姿だったかの服装をした渥美清を
一度ならず劇場で見かけたことがあった。
渥美自身、寅さんで既に国民的人気者なのに
小劇場にまで通うとはずいぶん勉強熱心だな、
とそのときは思っていた。
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小林の作品を読むと、渥美の勉強は野田秀樹の舞台に限らず、
かなり広い領域において、日常的に続けられていたことが分かる。
そして、そんな自分を渥美はケチで欲張りであると書いたことがあった。
できればいいものを自分だけが見て、
独占しておきたいと告白するのだった。
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業の深さと引き換えにするかのように
芸で輝き僕たちを幸福にする喜劇人がいる。
渥美清も、横山やすしも、そうした数少ない喜劇人であることが
小林の一連の作品から伝わってくる。
彼らの持つ毒に心身をどこか犯されながらも、
絶妙の距離を保ちながら書いてゆく小林の、紛れもないライフワークが
「定本 日本の喜劇人」(全二巻)である、と僕は思う。
なんせ「新劇」に「日本の喜劇人」(中原弓彦名義)を連載してから
昨春、この定本を出すまでに37年の時間をかけているのだ。
小林の、作家としての業も深い。
「おかしな男 渥美清」は、
新潮社「波」1997年4月号ー1999年12月号初出。
(文中敬称略)