デジタルノート版・極私的ベスト2011(その1)

今年も「デジタルノート版・極私的ベスト」を
発表する時期になった。
読了した毎月の書籍リストを見直し、10点満点で採点。
上位17点をファイナリストに選んだ。



後日ファイナリストを見直し、
同一作者で上位に複数入っているものを微調整。
結果として小説5、ノンフィクション・歴史書4(次点1含む)、
マンガ2のバランスになったことは個人的に満足している。
過去3年より小説の割合が増えている。


2011年の新刊(文庫刊行も含む)は11点中5点だった。
日本人の作品のみがベストを占めたのは
この4年間で初めてのことである。
無意識のうちに3.11による日本回帰の影響を
受けていたのかもしれない。



もちろん読書は個人体験の産物そのものであり、
順位をつけて発表するのは年末の座興とお許し願いたい。
本好き、読書好きのひとりとして
一年の収穫を分かち合えればと願う。


●書籍の部


1. 池井戸潤空飛ぶタイヤ』(上)(下)
(2006/2009文庫版)


空飛ぶタイヤ(上) (講談社文庫)

空飛ぶタイヤ(上) (講談社文庫)

空飛ぶタイヤ(下) (講談社文庫)

空飛ぶタイヤ(下) (講談社文庫)


小説がこんなに面白いものだったか、
池井戸の作品群は思い出させてくれた。
大企業対中小企業の構図は単純だが、
それだけに物語性が豊かでないと
読者をラストまで引っ張ることはできない。
この作品と『下町ロケット』を読んだのをきっかけに
僕は池井戸の作品を数多く愉しんだ。


2. 岩明均ヒストリエ』(2004-2010)


ヒストリエ(1) (アフタヌーンKC)

ヒストリエ(1) (アフタヌーンKC)


メディア芸術祭のマンガ部門大賞作品。
展示を観に出かけてその面白さにグイグイ引き込まれた。
歴史の取材力、細密な画力。
その絶妙なバランスで読者をオリエントの世界に誘う。
一年一冊のペースが岩明のクラフトを支えている。


3. 伊集院静『いねむり先生』(2011)


いねむり先生

いねむり先生


作者と阿佐田哲也色川武大)との出会い、交流が
物語の軸になる。
博打、酒、旅、そして狂気。
ラスト40頁が秀逸で、
大団円は予想もできないものだった。
伊集院の代表作となる作品が生まれた。


4. 宮崎市定『アジア史概説』
(1947, 1948初版/1973増補単行本/1987文庫)


アジア史概説 (中公文庫)

アジア史概説 (中公文庫)


中国国際広告祭に参加するために
東北随一の都市、瀋陽を訪れた。
国史で何度も首府となった街である。

これまで行った北京、上海、大連ともまったく異なる。
ここで数日過ごすうち、中国をもっと深く知りたくなった。
その道先案内人を宮崎が務めてくれた。
日本屈指の歴史学者であり、海外で教鞭を執った経験も豊富だ。
そこいらの学者とは視野が違う。
この本と『中国史(上・下)』を皮切りに
宮崎山脈を渉猟している。


5. 池井戸潤下町ロケット』(2010)


下町ロケット

下町ロケット


直木賞受賞作。
池井戸作品の受賞検討にはいつも審査員の論議がある。
曰く、人間描写が類型的である。
けれど物語の面白さはどうだろう。
ハッピーエンドに終わることは予想がつくのだが、
それでもラストまで引き込まれていく。
直木賞作家はまずそうあってほしい。
小説を読む面白さを思い出させてほしいのだ。
空飛ぶタイヤ』『下町ロケット』。
いずれもタイトルが素晴らしいね。


6. (同点) 平井憲夫『原発がどんなものか知ってほしい』(1996)


近所の肉屋のご主人にコピーを実費で分けていただき読んだ。
これまで読んだどの本、資料より原発がどんなものかよく分かる。
平井は原発最前線で指揮を執っていた男だ。
自分が病に冒されていることを知り、
原発の真実を世間に知らせることに人生最期の時間を使った。
原発に賛成するも反対するも、はたまた態度保留にするも、
せめて平井の遺した小冊子を読んでからにするとよい。
大手メディアがこうした文献をろくに紹介しないのが
僕たちが棲む日本の現実である。
タイトル下線部をクリックして全文を読むことができる。


6. (同点)岸浩史『夢を見た』(2011)


夢を見た

夢を見た


シュールレアリスム
マンガで表現するとこうなるという作品だ。
作者は僕の元同僚。
原因不明で手が動かなくなったことをきっかけに
リハビリテーションを兼ねて作品を描きためてきた。
夢が現実か、現実が夢か。
その境界線がぼやけてくるさまが魅力的だ。


8. (同点)澤地久枝『密約 外務省機密漏洩事件』
(1978/1974初出)


密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)

密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)


白眉は後半。
マスコミによって被害者とされた元外務省職員女性の性癖が
意外な人物のインタビューにより明らかになる。
その事実を知ると事件の真相とされたことが再び揺らぎ出す。
僕たちが知る事実が真実なのか。
断片的な事実をデザインした物語を真実と思わされているのか。
現在の原発にまつわる報道のさなかでも僕は同じ疑問を持つ。
ノンフィクション作家・澤地の粘り強い仕事に敬意を払う。


8. (同点)宮部みゆき『おまえさん』(上)(下)(2011)


おまえさん(上) (講談社文庫)

おまえさん(上) (講談社文庫)

おまえさん(下) (講談社文庫)

おまえさん(下) (講談社文庫)


文句なしに江戸の世界に遊べる作品。
ミステリーを解いていくプロセスが実に愉しい。
宮部は達者な文体をあやつることを読者に気取られずに
物語に引きずり込んでいく。
僕の考える直木賞作家の仕事である。
文庫を単行本と同時刊行した出版社、筆者の英断に
拍手を送りたい。
そのおかげで新刊を手にすることができた読者が
多くいたことだろう。


8. (同点)伊坂幸太郎『モダンタイムス』(上)(下)
(2008/2011文庫版)


モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(下) (講談社文庫)

モダンタイムス(下) (講談社文庫)


現代の巨悪は個人や組織でなくシステムである。
ジョージ・オーウェルが『1984』で提示した人類の課題を
伊坂は「検索」のキーワードで物語った。
主人公の妻・佳代子の設定が秀逸。
夫の浮気を疑い人を雇って夫を拷問にかける妻だが、
その陽気さが物語全体に光を与えているのが面白い。


次点 山本義隆『福島の原発事故をめぐって
ーいくつか学び考えたこと』(2011)


福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと

福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと


16世紀からの科学史の文脈で
現代の「原発ファシズム」まで解き明かした視点が新鮮だった。
山本は物理学史の著書で
原子力が人類に投げかける問題に警鐘を鳴らしていた。
福島原発事故後の政府、大企業、マスコミの情報コントロール
つぶさに目撃したことがきっかけでこの書の出版となった。
平井の論文と合わせ
原発問題について自分の考え、意見をまとめるのに役立つ。
2011年の日本を象徴する一冊である。



さて、みなさんの極私的ベスト2011は
いかがだったでしょう?


(文中敬称略)