井上ひさし『短編中編小説集成』(第2巻)(2014)


『ブラウン監獄の四季』『一週間』が思いの外面白かったので、
次は「モッキンポット師」の連作を読んでみようと借りてきた。
井上ひさしが初めて書いた小説だ。
「モッキンポット師の後始末」全5作のユーモアは文句なく楽しめた。
予想以上だったのは収録されていた短編中編
「四十一番の少年」「イサムよりよろしく」
単行本未収録「十二の微苦笑譚」「うちの可愛い一個連隊」すべてが
読み応えのある、素晴らしい作品揃いだったことだ。


井上ひさし短編中編小説集成 第2巻

井上ひさし短編中編小説集成 第2巻


岩波書店『井上ひさし短編中編小説集成』は全12巻である。
短編中編だけでこの12倍の作品群が集成されているということは、
井上ひさしの作品山脈全貌はいったいどんな姿になるのだろう。
気が遠くなる話だ。



試みに「四十一番の少年」から
僕が気に入った文章を一箇所だけ引用してみる。
ホーム(孤児院)で育った利雄(井上の分身だろう)が巣立ち社会人となり、
その気はなかったのに再訪することになった場面だ。
番号はホームでの木札番号。
洗濯物を他の人と区別するためのものだ。


   薄くて鞭のように撓った手。
   あの手は鞭よりもなによりも恐しかった。
   それからまた、夏の嵐の夜更、
   泣き声を封じるためにあの子の口と鼻を
   力まかせに塞いでいたのもあの薄い手だった。


   そして、あの手が結局は昌吉自身の首をも締め上げてしまった。
   「十五番、松尾昌吉。……あいつは死んだ」
   呟きながら利雄はべそをかき、
   それから、懐かしさと恐しさと後めたさとが絡みあった
   歪んだ表情になっていった。
                     (p.178より引用)


忌まわしき殺人がここで起き、
殺人者もいまはこの世に存在しないことを淡々とした文章で語る。
ゆっくり読みながら背筋が少し寒くなり、
けれども読み進めることを止めることはできない。
井上ひさしってこんな凄い文章が書ける作家だったんだな。



編集協力に名を連ねる三人のひとり、
今村忠純(大妻女子大学教授)の「解説・解題」が
物語の背景を過不足なく記し秀逸だ。
この本は図書館で「モッキンポット師の後始末」から検索して借りなければ、
僕は書店では恐らく見つけられなかった。
図書館関係スタッフに多謝。


(文中敬称略)