宮下奈都『誰かが足りない』(双葉社、2011)


その街には「ハライ」という名の
小さなレストランがある。
親しい人と一緒に何か美味しい物を食べようと思ったとき、
街に住む人はこの店を思い出し、予約する。
6組の人たちが「ハライ」のテーブルを
10月31日午後6時に予約するまでの6編の物語。
宮下奈都『誰かが足りない』(双葉社、2011)を読む。


誰かが足りない

誰かが足りない


物語に出てくる人たちは、
みんな、失った大切な誰かを探している。
「ハライ」で再会できるかどうか、まだ分からない。
中には既に亡くなった人もいる。
失った人を求める恋しさ、切なさ、やりきれなさ。
宮下は静謐な文章で表現する。


6編は「予約1」から「予約6」まで、
番号を振って無機質に名付けられている。
僕は「予約6」が一番好きだった。
失敗した人が自分に近づくと
「黒い匂い」を感じてしまう能力を持つ
小泉留香(るか)の物語だ。
その能力に気づき、留香は深く傷つく。
知らなくていいことを、知ってしまう自分に。


留香の名を作者は
新約聖書の「ルカの福音書」から
採ったのではないか。
宮下は上智大学文学部哲学科を出ている。
「予約6」ではキルケゴール死に至る病』から引用している。
死に至る病とは絶望のことだ。
留香の臭覚は失敗を見つける。
失敗は、絶望さえしなければ病ではない。


死にいたる病 (ちくま学芸文庫)

死にいたる病 (ちくま学芸文庫)


3月に友人を失った。
仕事も人柄も尊敬していた。
彼が病を得てからも、その人がいてくれることを
自分の支えのようなものにしていた。


死を覚悟していた彼から、俳句集を送ってもらった。
これからも、折に触れ、開くことになると思う。
「誰かが足りない」と切なく、恋しくなりながら—。
あの世の「ハライ」でいつか会えるかな。
(Fさん、僕はもうしばらくこの世で暮らしますよ)


初出:「小説推理」(2010~11)
柚木麻子の「アッコちゃん」シリーズ
宮下のこの作品も初出は「小説推理」だ。
よほど目利きの編集者がいるに違いない。


羊と鋼の森 (文春文庫)

羊と鋼の森 (文春文庫)

この作品で僕は宮下奈都のファンになった)

小型新約聖書 詩編つき - 新共同訳

小型新約聖書 詩編つき - 新共同訳

(友人も生前、聖書の言葉を引用していた)

(僕の宝物になった一冊)