NYTカスタマーサービススタッフの矜持

スクラップブックから
朝日新聞2019年2月8日朝刊
NYT広告収入 紙より電子版
10〜12月期 初逆転


   NYT(ニューヨーク・タイムズ)が
   この日(6日)発表した18年10〜12月期決算では、
   広告収入で電子版が初めて紙媒体を抜いた。
   電子版だけの購読者数は18年末で271万となり、
   前年末より21%増えた。
   (引用者注:電子版と紙媒体を合わせた
   有料購読者数 2018年末で約430万)。
   (略)


   NYTは、米トランプ大統領
   親から受け継いだ財産をめぐる調査報道など、
   独自性の高いコンテンツを相次ぎ発信。
   米国内外で新しい読者を開拓している。
                (ニューヨーク=江渕崇)


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僕は2013年からNYT電子版を購読している。
購読料は定価で4週間で15ドル。
年に一回、カスタマーサービスのスタッフ
(これまでのところ、すべて女性)と会話して、
ディスカウント交渉している。


シニア社員の文化教養費はきわめて限られている。
交渉できるものはすべて自前でやるのだ。
この一年は4週間6ドルで購読してきた。
ディスカウント期間が終了するため、
国際電話(通話料金先方持ち)をかけた。


新聞の内容には満足している旨を告げ、
使えるお金が限られているため
ディスカウント料金を続けてくれないかと頼んだ。
電話の向こうで女性スタッフが言った。
「では、向こう一年間、4週間4ドルでどうでしょう?
いまならこの金額でオファーできます」
交渉慣れしているつもりの僕も耳を疑った。


「それは、素晴らしいを通り越しているくらい素晴らしい提案だ。
ぜひ、その料金で引き続き購読させてほしい」
NYTカスタマーサービススタッフは顧客に対して
どこまでディスカウントできるかの権限を持っている。
いちいち上司に相談しないで決められる提示額の幅がある。


そして、なにより僕が感激するのは
顧客との単なる料金交渉に従事しているのでなく、
NYTを支えるスタッフのひとりとして誇りを持っていることだ。
一年分の購読料の交渉が1分未満で終わった後、
僕はこう付け加えた。


「先日、東京(東京大学安田講堂)で行われた
NYT社主ザルツバーガーのセッションにも読者として招待してもらった。
また一年、NYTを読むことができて本当にうれしい」
女性スタッフが喜んでいることはスマホを通して伝わってきた。
僕だって、なにも料金を値切るだけが目的の顧客ではない。
271万人のひとりの、電子版読者だ。


交渉し終えていつも思うことがある。
日本の新聞社、もしくは企業や役所は、
カスタマーサービスのスタッフに値引きも含めた権限を与えているだろうか。
朝日新聞讀賣新聞日本経済新聞に同じことができるか。
そうは思えない。
いつまでも単なる窓口のままで権限をまったく持たせてもらえないなら、
仕事への矜持はやがて割引されていくだろう。


日本社会で、職業の倫理感をもう一度取り戻すために
僕たちは、こうした細部から具体的に変えていくべきだ。
正しいことを念仏のように唱えているだけで
行動が伴わなくてはなんの価値もない。
ジャーナリズムの先頭を走る新聞社から
実践してみてはどうか。