娘・斎藤由香が突っ込み、父・北杜夫はたじたじ。
松岡正剛さんが「千夜千冊エディション 心とトラウマ」で紹介している一冊。
北杜夫・斎藤由香『パパは楽しい躁うつ病』(朝日新聞出版、2009)を読む。
- 作者:松岡 正剛
- 発売日: 2020/02/21
- メディア: 文庫
娘の「あとがき」から引用する。
その昔、昭和四十年代頃、うつ病の父に編集者から原稿依頼があると、
父は、「今、うつなので書けません」と断っていた。
すると編集者は必ず、「うつ病って何ですか?」と尋ねる。
父は「うつ病というのは気分が落ち込んで気力がなくなる病気なんです」
と説明していた。
それほど、世間には知られていない病名だった。
父は、「パパは作家としては大したことはないけれど、
躁うつ病を世に知らしめた功績はある」と言っている。
普通は自分の病気を隠すのが当たり前なのに、敢えて父は原稿に書いた。
高度成長時代、みんなが頑張っているときに、
「うつ病です」と告白するのは文壇でも勇気がいったことなのではなかろうか。
(pp.187-188)
抱腹絶倒したのは「熱狂、阪神タイガース」のくだり。
由香 阪神タイガースに燃えるのも躁病のときよね。
北 大学時代だと思うけど、
その頃はダイナマイト打線で四、五点すぐ叩き出すんだけど、
投手力が弱くて、相手チームにもっと取られて負けちゃう。
吉田監督のとき、阪神タイガース球団の広報部に
吉田監督の家の電話番号を聞いて、奥さまに電話して、
「死のロード中は、監督ってものは一番疲れるから、
半分寝てて、いざということにコーチに起こされて投手を代えたり、
ピンチヒッターを出せばいい」ってアドバイスしてあげたの。
由香 えーっ、迷惑な話!
北 でもそのとき奥さまがおっしゃるには、
「どういうわけか、一般の人達が自宅の電話番号を探知して、
タイガースの負けが込んでくると非難の電話がかかってくる」と。
それからは、阪神タイガース球団の広報部に電話をするんだけど、
広報部もみんな試合を見に行っているからなかなか出てこない。
ようやく出ると「『投手限界だから早く代えろ』って
吉田監督に伝えろ!」って言うけど、それは聞いてもらえない。
由香 「北杜夫ですけど」ってかけてたよね。
北 うん。
由香 ママや私は、「ご迷惑になるからやめてください」って
その電話をとめなくちゃいけないから忙しかったなあ。
広報の人とは、パパがあちこちでファンだと書いているから、
知り合いになっていたの?
北 掛布がうちに来てサイン入りのバットをくれた。
由香 この家に来てくださったの? 掛布だったらそんな昔じゃないじゃない。
北 うん、掛布はまだ生きているからね。
ただ、彼はね、ドラフトは一位じゃないんですよ。
オープン戦で四割近く打ったのですぐ一軍になった。
由香 パパの阪神タイガースの応援はすごかったよね。
ラジオとテレビと両方で必ず聞いてて、
あぐらをかいていて、タイガースの打者が打つと
ゲンをかついでずっとあぐらでいるのね
歌を歌って打つと、ずっと歌を歌ってるとか。
そういえば、読者から阪神のハッピとかタオルとか
黄色いものがいっぱい届くわけ。
家中、黄色かったよね。
北 いや、あれは半分自分で買ったの。
由香 しかし、吉田監督のご自宅まで電話したのは知らなかった。
北 いや、秘密にかけたと思うよ。
(pp.130-132)
北の兄・斎藤茂太が
ぼくの病院に来る患者さんはみんな120%頑張った患者さんですよ。
『雨にも負けず 風にも負けず』という言葉があるけれども、
人間、雨に負けてもいい、風に負けたっていいじゃないですか。
60%で満足するかどうかが幸せな気持ちを充足するんですよ。
と言っていたと由香が伝えると
そうそう。60%で満足するかが大切なんだ。
と北は受ける。
じっとしているのがいい。他人と比較しちゃいけないんだよ。
父・北杜夫は「まえがき」の最後にこう書いている。
いずれにせよ、人間は「矛盾の束」である。
完璧(かんぺき)な人間などいないのだから、
いい加減に生きるのがうつ病にならないコツだと、私は思う。
(p.4)
この本を読んで笑って、僕も元気をもらいました。
娘・斎藤由香のエッセイも面白いですよ。
(新潮文庫で読めます)
- 作者:由香, 斎藤
- 発売日: 2006/09/28
- メディア: 文庫