北杜夫・斎藤由香『パパは楽しい躁うつ病』(朝日新聞出版、2009)

娘・斎藤由香が突っ込み、父・北杜夫はたじたじ。
松岡正剛さんが「千夜千冊エディション 心とトラウマ」で紹介している一冊。
北杜夫斎藤由香『パパは楽しい躁うつ病』(朝日新聞出版、2009)を読む。


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娘の「あとがき」から引用する。


  その昔、昭和四十年代頃、うつ病の父に編集者から原稿依頼があると、
  父は、「今、うつなので書けません」と断っていた。
  すると編集者は必ず、「うつ病って何ですか?」と尋ねる。
  父は「うつ病というのは気分が落ち込んで気力がなくなる病気なんです」
  と説明していた。
  それほど、世間には知られていない病名だった。


  父は、「パパは作家としては大したことはないけれど、
  躁うつ病を世に知らしめた功績はある」と言っている。
  普通は自分の病気を隠すのが当たり前なのに、敢えて父は原稿に書いた。
  高度成長時代、みんなが頑張っているときに、
  「うつ病です」と告白するのは文壇でも勇気がいったことなのではなかろうか。
                              (pp.187-188)


抱腹絶倒したのは「熱狂、阪神タイガース」のくだり。


  由香 阪神タイガースに燃えるのも躁病のときよね。


  北  大学時代だと思うけど、
     その頃はダイナマイト打線で四、五点すぐ叩き出すんだけど、
     投手力が弱くて、相手チームにもっと取られて負けちゃう。
     吉田監督のとき、阪神タイガース球団の広報部に
     吉田監督の家の電話番号を聞いて、奥さまに電話して、
    「死のロード中は、監督ってものは一番疲れるから、
     半分寝てて、いざということにコーチに起こされて投手を代えたり、
     ピンチヒッターを出せばいい」ってアドバイスしてあげたの。


  由香 えーっ、迷惑な話!


  北  でもそのとき奥さまがおっしゃるには、
    「どういうわけか、一般の人達が自宅の電話番号を探知して、
     タイガースの負けが込んでくると非難の電話がかかってくる」と。
     それからは、阪神タイガース球団の広報部に電話をするんだけど、
     広報部もみんな試合を見に行っているからなかなか出てこない。
     ようやく出ると「『投手限界だから早く代えろ』って
     吉田監督に伝えろ!」って言うけど、それは聞いてもらえない。


  由香 「北杜夫ですけど」ってかけてたよね。


  北  うん。


  由香 ママや私は、「ご迷惑になるからやめてください」って
     その電話をとめなくちゃいけないから忙しかったなあ。
     広報の人とは、パパがあちこちでファンだと書いているから、
     知り合いになっていたの?


  北  掛布がうちに来てサイン入りのバットをくれた。


  由香 この家に来てくださったの? 掛布だったらそんな昔じゃないじゃない。


  北  うん、掛布はまだ生きているからね。
     ただ、彼はね、ドラフトは一位じゃないんですよ。
     オープン戦で四割近く打ったのですぐ一軍になった。


  由香 パパの阪神タイガースの応援はすごかったよね。
     ラジオとテレビと両方で必ず聞いてて、
     あぐらをかいていて、タイガースの打者が打つと
     ゲンをかついでずっとあぐらでいるのね
     歌を歌って打つと、ずっと歌を歌ってるとか。
     そういえば、読者から阪神のハッピとかタオルとか
     黄色いものがいっぱい届くわけ。
     家中、黄色かったよね。


  北  いや、あれは半分自分で買ったの。


  由香 しかし、吉田監督のご自宅まで電話したのは知らなかった。


  北  いや、秘密にかけたと思うよ。
                     (pp.130-132)


北の兄・斎藤茂太


   ぼくの病院に来る患者さんはみんな120%頑張った患者さんですよ。
  『雨にも負けず 風にも負けず』という言葉があるけれども、
   人間、雨に負けてもいい、風に負けたっていいじゃないですか。
   60%で満足するかどうかが幸せな気持ちを充足するんですよ。


と言っていたと由香が伝えると


  そうそう。60%で満足するかが大切なんだ。


と北は受ける。


  じっとしているのがいい。他人と比較しちゃいけないんだよ。


父・北杜夫は「まえがき」の最後にこう書いている。


  いずれにせよ、人間は「矛盾の束」である。
  完璧(かんぺき)な人間などいないのだから、
  いい加減に生きるのがうつ病にならないコツだと、私は思う。
                          (p.4)


この本を読んで笑って、僕も元気をもらいました。
娘・斎藤由香のエッセイも面白いですよ。


パパは楽しい躁うつ病 (新潮文庫)

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