何もなかったことも思い出(岡元稔元)

クリッピングから
讀賣新聞2022年7月18日朝刊
読売歌壇(俵万智選)
この週の好きな歌3首、抜き書きします。


  螢見に君と出かけたあの夜に
  何もなかったことも思い出 

       竹原市 岡元稔元


    【評】青春というものの無限の豊かさを感じさせる一首。
       表面的には何もなかったが、
       そこには期待や逡巡(しゅんじゅん)や
       昂揚(こうよう)や後悔など、
       さまざまな感情があっただろう。
       そして何もなかったからこそ、思い出は揺れ続けている。


  玄関で行き倒れてる男性に
  風呂や食事を提供したい 

     泉大津市 のぶつばき


    【評】酔って帰宅した相手を、
       行き倒れの人に見立てるところまではよくあるが、
       ユーモアと愛に溢(あふ)れた下の句が素敵(すてき)。


  火がついたとたんに揺れる恋に似て
  ゆらゆらと咲く線香花火 

         上尾市 関根裕治


    【評】なんて的確な比喩。
       しかも恋を花火に喩(たと)えるのではなく、
       花火を恋に喩えることで、線香花火がリアルに感じられる。