上野千鶴子『ひとりの午後に』(文春文庫、2013)

NHK出版 note 連載「マイナーノートで」に上野さんが自著を紹介していた。
上野千鶴子『ひとりの午後に』(文春文庫、2013)を読む。



「(単行本)あとがき」から引用する。


  編集者がやってきて、エッセイ集を出したい、という。
  わたしの手もとには、雑誌や新聞などの各種媒体に書いた
  長短のエッセイや時評が一冊の本にするくらい溜まっていたので、
  これでどうでしょう、とその材料をさしだした。


  その編集者はきっぱり断って、こう言ったのだ。
  「いいえ。書き下ろしてください。」
  それも自分が読みたいようなものを、と。
  わたしのこれまでの読者が知らない、
  わたしの一面を引き出すようなエッセイを、と彼はわたしに要求した。
  NHK出版の小湊雅彦さんである。
  (略)


  連載のタイトルは「マイナー・ノートで」。
  マイナー・ノートとは、音楽でいう長調短調のうちの短調のこと。
  ノートには、音楽の調声の意味もあるが、香りの調合の意味もある。
  冒頭に書いた「菫の香水」のノートのようであれば、と願った。
  シャネルやディオールのようなブランドでなく、
  パンジーのような外来種でなく、在来種の野生のすみれの香り、である。


  書物にするにあたって、
  「マイナー・ノートで」ではにわかに意味が通じがたいだろうと案じた。
  それならいっそ「B面のわたし」ではどうだろうか、
  「G線上のアリア」などという楽曲もあるくらいなのだから、
  「B面上のつぶやき」などというのでは、と冗談まじりにあれこれ考えたが、
  結局「ひとりの午後に」に落ち着いた。
  決まってみると、このタイトルはとてもしっくりきた。
  (略)


  「ひとりの午後」にも、ささやかなよろこびやしあわせはある。
  断念も抑制もある。
  それは日射しが翳るまで生きてきた者に与えられる
  ご褒美のような、人生の味わいだ。
  それを日溜まりにある流れついた小石のように、あなたに届けたい。

                             (pp.258-262)


おしゃれ工房』(NHK出版)でのこの連載が
同社 note で、同じ編集者と同じタイトル(中黒・はなくなった)で復活した。
僕も上野さんの、これまで知らなかった魅力的な一面を知ることができた。


    ◆単行本『ひとりの午後に』(平成二十二年四月 日本放送出版協会刊)