斎藤美奈子が取り上げた老後生活指南書

クリッピングから
筑摩書房PR誌「ちくま」2021年9月号(No.606)
世の中ラボ137「人生の最晩年を明るく生きるシニア小説」
斎藤美奈子


(表紙絵 ヒグチユウコ/表紙・本文デザイン 名久井直子


NHK Eテレ「100分de名著」(2021年7月)で、
上野千鶴子がボーヴォワール『老い』を取り上げたとき
樋口恵子の著書をテキストで紹介していた。
斎藤が連載エッセイで樋口の著書を取り上げていたので
読んでみた。


  青春小説ならぬ「玄冬小説」と称し、
  この欄で高齢者を描いた小説を取り上げたのは
  2018年4月号だった(『忖度しません』所収)。
  テキストは若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』、
  高村薫『土の記』、橋本治『九十八歳になった私』。
  (略)


  というわけで今回は、玄冬小説を読む第二弾、
  「八〇代の高齢者」編である。
  (略)


  樋口恵子『老いの福袋』は八八歳になった著者が
  自らの実体験をもとに書き下ろした老後生活指南書だが、
  そこには年齢による変化、
  とりわけ七〇代と八〇代の差が仔細に示されている。


  <70代になっても、私は多忙人間でした。/
  今日はここで会合、明日はあそこでシンポジウム。
  移動して連泊で講演会をこなし、その合間に執筆。
  もう、典型的な「働きすぎ日本人」でした。
  ですから毎日が嵐のようにあっという間に過ぎていきました>。


  ところが、ある日(七七歳で患った病気)を境にガクッときた。
  その後の人生を彼女は「ヨタヘロ期」と呼ぶ。


  <ヨタヘロ期になると、違った意味で
  一日があっという間に過ぎていきます>。


  インターホンが鳴っても、子機を手にとるまでの
  あと一〇センチが一動作で届かない。
  朝起きるのが辛く、目覚めて着替えるだけで大仕事。
  好きだった料理も、八〇歳をすぎたら面倒になり、
  楽しかった買い物もする気がなくなった。
  ヨタヘロ期が来たら、何もかも自分でやろうとは思わないほうがいい。


  <私は常々、「70代は楽しい老いの働き盛り」と主張しています。
  いまの70代は、まだまだ元気です>。


  この時期に積極的に社会との接点を持ち、
  人の役に立つ仕事をしておくことが、
  八〇代、九〇代に返ってくるのだと彼女はいう。
  (略)

                        (pp18-21)


自分にも忍び寄る「ヨタヘロ期」。
樋口の著作は60代にとって必読の参考文献だと思える。