100分de名著/ボーヴォワール『老い』(講師:上野千鶴子)

6月28日から上野千鶴子先生が解説する
Eテレ「100分de名著」が始まりました。
読み解く本はボーヴォワール『老い』です。



テキスト「はじめにー老いてなにが悪い!」から引用します。


  ボーヴォワールの著作でわたしが最初に読んだのは、
  やはり『第二の性』でしたが、
  今回はボーヴォワールが『第二の性』の約二十年後、
  六十二歳で発表した『老い』(一九七〇年)を取り上げることにしました。
  なぜっかって?
  それはわたしが老いたからです。


  現在のわたしにとって、自分と同じような年齢の人たちが
  その時々でどういうことを考えたかは大きな関心事です。
  老境に入ったボーヴォワールが、
  老いについてどう考えたのかにも非常に興味があります。

                        (p.5)


第一回の放送でゲーテの言葉に「ドキッ」としました。


  第五章の冒頭で、ボーヴォワールゲーテの言葉を引いています。
  「老齢(おい)はわれわれを不意に捉える」。
  それまで普通に暮らしてきたのに、
  ある日突然、自分が老いたことに気づく。
  あるいは気づかされる。
  そして愕然とする。
  まさか、自分が?


  ボーヴォワールは、
  「老いをわが身に引き受けることが、とくに困難なのは、
  われわれがつねに老いを自分とは関係のない
  異質なものとみなしてきたから」だと言い、
  しかし、いくら自分がそうみなしたくても、
  「老いは、当人自身よりも周囲の人びとに、より明瞭にあらわれる」
  と指摘しています。

                          (p.16)


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(装幀:真鍋博


老いはゲーテ自身をも不意に捉えます。
テキスト第2回「老いに直面した人びと」から引用します。


  例えば、ゲーテが老いたときのあるエピソードを
  次のように綴っています。


    ある日、講演をしている途中で、彼の記憶力が喪失した。
    二〇分以上ものあいだ、彼は黙ったまま聴衆を見つめていた。
    聴衆は尊敬の念から身動きひとつしないでいたが、
    やがて彼は何ごともなかったようにふたたび話しはじめた。


    このことから判ることは、ゲーテの外見的な均衡も
    実は多くのささいな機能減退の克服のうえに成り立っていた
    ということである。最晩年には、彼はかなり
    疲れやすくなり、朝のうちしか仕事をせず、旅行もあきらめた。
    日中、彼はしばしば居眠りをしていたという。


  この書き方は、老いたゲーテ
  批判もしていなければ持ち上げてもいません。
  ただ淡々と書いている。
  そしてこうした事例を積み上げている。


  老いの現実とはこういうものだ。
  それに評価は下さず、So what(だからどうした?)と言っている。
  やはりボーヴォワールは徹底したリアリストです。
  批判したり美化したりする前に、
  見たくない現実をちゃんと見ることの大切さを綴っているのです。

                            (p.54)


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(テキストがベストセラー2位に登場!/7月3日付毎日朝刊)


放送終了後、一週間は「NHKプラス」で無料で視聴できます。
(詳細は下線部クリックで)
番組は毎週月曜22:25〜22:50、Eテレで放送しています。


(新装版が出ています)


(上野先生近著)