池内紀『すごいトシヨリBOOK』(毎日新聞出版、2017)


僕が著者に興味を持つようになったのは
ドイツ語学者・関口存男の仕事を
ウィトゲンシュタインの業績と比較した著書を読んでからだ。
今度の新刊はすでに3刷と好調の様子。
池内紀(おさむ)『すごいトシヨリBOOK—
トシをとると楽しみがふえる』(毎日新聞出版、2017)を拾い読みする。



「あとがき」にこの本が生まれた経緯が書かれている。
引用する。


   老いは誰にもやってくる。
   公平に、例外なく、歩一歩と近づいて、
   人生の終末を伝えてくれる。
   同じことなら、きちんと見つめつつ迎えたい。
   自分の老いは当人以外、誰も考えてくれないのだ。


   ある日、小さなノートを用意してメモをとり始めた。
   老いの兆候、歴然とした老いのしるし、
   見すごしていた微妙な変化……
   長く生きてきたからには、
   せめて老化という心身劣化の過程をまじまじと見ておきたい。
   それが身におびた時間の意味深さだと考えた。



   ささやかなノートに、
   いつのまにかメモの紙片が束になるほどはさまっていた。
   そのことを、ある人を偲ぶ会で話したところ、
   編集者から、それをまとめる方向で
   改めて話してもらえないかと言われた。


   ノートには「すごいトシヨリBOOK」とタイトルをつけていた。
   多少とも若い人への見栄もあって、
   ユーモアもこめて名づけをした。
   「すごいトシヨリ」の何がすごいのか。
   自分でもはっきりしない。
                    (pp.211-212)



本書はどの頁でもパラパラ拾い読みすれば、
著書が発見したこと、日々創意工夫していることを楽しめる。
元々がメモの紙片に書かれたのだから、
そうした読み方もあながち乱暴ではないように思える。


HOW TO本として読んでも楽しいが、
ところどころに老いにまつわる
日本社会の弱点、不備への警句がちりばめられていて
ハッとする。
一箇所だけ引用する。


   終末期医療は非常に大切な問題だから、
   非常に開かれた場で、
   そういうことを積み上げていって実現するべきです。
   (中略)


   あれ、病院には大きな収入になっているのは確かなんです。
   製薬会社と病院の非常に大きな収入源ですから、
   経済原理である限り、なかなか実現しないでしょう。
   日本人はそのことは言わないで、倫理観ばかり言う。
   それで結局、患者を一番苦しめる状態にしてしまうんです。
   もう、ほんとうに困った国です。


   経済原理があるとわだかまってしまって、
   そのことは言わないで、
   すり替えていくっていうのが上手いんですね。
   それは、絶対的な基準、
   人間が場当たり的に考える以上のものがない、
   便宜主義の国だからでしょう。
                       (pp.201-202)


本書は週に一度、
皇居の松の緑を見下ろす毎日新聞出版編集室で
同社・永上敬、佐藤恵(「サンデー毎日」編集部)を聞き役として
池内が話した内容を、永上がテープおこし、構成し完成した。
(p.213)


ことばの哲学 関口存男のこと

ことばの哲学 関口存男のこと

wikipedia: 池内紀
wikipedia:関口存男
(文中敬称略)