ファン・ボルム/牧野美加訳『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』
ク・ビョンモ/小山田園子訳『破果(はか)』『四隣人の食卓』と読み進み、
僕にとって韓国現代文学への扉が開いた。
チョ・ナムジュ/斎藤真理子訳『82年生まれ、キム・ジヨン』
(ちくま文庫、2023/筑摩書房、2018)を読む。
「文庫版に寄せて 著者からのメッセージ」から引用する。
私にとって「キム・ジヨン」は一人の女性の名前ではなく、
「まじめで必死だったけれど、どうにもならなかったころ」の代名詞なのです。
女性にはみんなそういう時期がありますよね。
私にもありましたし、もしかしたら今もそうなのかもしれません。
機会があるたびに、
「『82年生まれ、キム・ジヨン』は私をいっそう良い人間にしてくれたし、
世の中が少しでも良くなるために役に立っただろう」と語ってきました。
そうだと信じていた、というより、
そうであることを望んだのだと思います。
実はいつも自信がなかったし、今もそうです。
現実はあまりにも早く変わるのに、
小説はいつも同じ状況にとどまっているのですから。
特に2022年の韓国は、時間が逆に流れている気分です。
キム・ジヨンさんは今も、ましにもならず悪くもなりもせず、
何かを選択することもそこを去ることもせず、
問いかけもしないし答えもしません。
答えを探すのは、小説の外を生きていく私たちの役目であるようです。
ただ、私にとってそうだったように、読者の皆さんにとっても
「キム・ジヨン」が何らかの意味であってくれたらと思います。
それはある時代の名前かもしれないし、共感の対象かもしれないし、
何かに気づく瞬間かもしれないし、必要な記録かもしれないですね。
(略)
『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んでくださって
ありがとうございます。
軽くなった本を、重くなった心で贈ります。
チョ・ナムジュ
(pp.203-205)
「文庫版訳者あとがき」(斎藤真理子)から引用する。
とはいえ、文庫版に寄せられたチョ・ナムジュさんのメッセージは、
「軽くなった本を、重い心で贈ります」という沈んだものでした。
2022年に就任した尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、
女性対応の政策を司る「女性家庭部」の廃止を公約の一つとして当選しました。
また、同じ2022年に起きたソウル新堂駅殺人事件では、
被害者に対する盗撮行為とストーカー行為で裁判中だった犯人が
勤務現場で犯行に及び、江南(カンナム)女性殺人事件のときと同様、
女性たちが追悼行動を行いました。
(略)
『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本にもたらした最大の賜物は、
「自分自身が当事者だったんだ」という認識を読者に抱かせたことでした。
「自分にも声があった」と気づいた人たちは、
世の中で苦しそうに上げられている別の声、
そしてまだ上げられてない声への想像力を育てることができるでしょう。
2019年に、ある新聞社の取材を受けたとき、
私は「(国どうしの)大きな物語が衝突している横で、
小さな物語の交流は続いている」と話しました。
今もこの感想は変わりません。
(pp.251-253)