万才湯と万豚記


一週間分の仕事を終えて
東京銭湯お遍路に出かける。
第15湯。三田の万才湯。


東京の銭湯はみなひっそりした処に棲息している。
大通りに近い場所にはまずないと言ってよい。
お遍路マップ片手に毎回探すのだが、
いつも迷子になる。



こんなところに銭湯があるんかいな、
と少々心細くなった頃、
ホワンと「ゆ」の字の灯りが見えてくる。
そのホッとした感じがうれしいから、
迷っても人に道を聞いたりしない。
自力でたどりつきたいのだ。


万才湯もそうだった。
会社員や学生たちが週末のひとときを楽しむ横丁に
忽然と現れた。
小ぶりだが3つの浴槽を持ち、
年配の客がそれなりに次々と訪れる。



慶応大学のキャンパスが近くにあるが、
慶応の学生あたりは裕福な家庭が多いだろう。
たとえ一人暮らしでも風呂付きかもしれない。
とすれば、万才湯の存在に気づかなかったり、
気づいていても卒業まで一度も来ない学生がほとんどなんだろう。


僕の実家には風呂がなかった。
風呂のついたアパートに住むようになったのは
会社務めを始めて数年たってからのことだ。
だから、銭湯との付き合いは
物心つかない時分から始まっている。
僕の銭湯好きは三つ子の魂、百までの類いかもしれない。



普段の帰り道をこうしてちょっと変えただけで
東京の街は違った顔を見せてくれる。
どこか知らない土地で
旅の途上であるかのような錯覚がおきるのだ。


東京の銭湯組合がお遍路企画を始めていなかったら、
銭湯をめぐる旅に僕もいまほど頻繁には
出ていなかったに違いない。
スタンプとごほうびが動機になるのは
小学生だった頃の夏休みのラジオ体操と変わらない。


思えば安上がりの旅だが、
旅とはそもそも物理的移動であると同時に
意識の移動であるとすれば、
かかる費用で旅の価値を決めることはできまい。


  http://www.1010.or.jp/ohenro/map.html


  (東京銭湯お遍路マップとスタンプノートの入手方法は
   こちらのリンクからどうぞ)



  (横丁から東京タワーのアタマがひょっこり覗く)


さて、湯上がり。
以前目黒や恵比寿で見つけた場所で一杯やろうと思ったが、
時間も遅く、閉店時間に間に合いそうにない。


ままよ、もともとあてのない旅、
直観と店の概観、そこで楽しんでいる客の姿を頼りに
「万豚記」に入った。
11時閉店で時間もたいして残されていないが、
電車で帰るにはかえって都合がいい。



黒ホッピーのジョッキをもらって、
店自慢の焼き餃子、ゆでキャベツの生姜あえ、
ソース焼きそばを注文してみた。
もうじきラストオーダーの時間なのだ。
厨房では中国語が飛び交い、
かなり腹の出た親父が中華鍋を振って料理を作っていた。


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(追記)
翌日インターネットで調べてみると
「万豚記」は東京を中心に
全国に48店舗を展開するチェーンであることが分かった。
先日買った「週刊ダイヤモンド」1/17号によれば
鉄鍋餃子の「紅虎餃子房」率いる際コーポレーション中島武
「万豚記」を1994 年に立ち上げたことも分かった。


  
中島のインタビューも同誌に載っている。
中島は外食業界の異端児であり、
中小外食企業のネットワークを呼びかける仕掛人でもあった。


コスト削減のためにセントラルキッチンを常識化した
大手外食チェーンの手法を中島は嫌い、
それぞれの店舗が厨房を持ち、
店舗ごとにメニューが異なる展開で顧客を引きつけている。
際コーポレーションは独自のデザイン部を持ち
インターネットで家具なども販売していることから
店舗デザインにも特徴がある。


   http://www.kiwa-group.co.jp/index.phps


僕の好みで言えば、
独立した一軒の魅力と実力で
地元の客を引きつけている小体の店に軍配を上げたいところだ。
けれども、独自の哲学と顧客本位のサービスを提供してくれる
「万豚記」のようなチェーン店の価値も認めたい。
生豆焙煎の「やなか珈琲店」のチェーンも
独自の価値の磁力で顧客を引きつけ成功している。



「質だけなく量もたっぷり」というのが
「万豚記」の方針である。
僕にはゆでキャベツもソース焼きそば
酒のつまみとしてはちと量が多く、
残すのは心苦しかったが全部は食べきれなかった。
食欲旺盛な若い会社員や学生には
心強い味方となる店だろう。


しかし、思いがけぬところで
「万豚記」と「週刊ダイヤモンド」がつながった。
僕たちはまさしくリンクの世界に生きているんだね。


(文中敬称略)