菓子屋事情(ご近所篇)


経済環境は日々厳しくなるばかりだが、
厳しいばかりでは人間、息が詰まる。
デザート、近頃の女性たちが使う言葉で言えばスイーツは
暮らしにほんの少しうるおいを与えてくれるものだ。



駅前の洋菓子屋はずいぶん古くから商売を続けている。
名物のひとつ、シュークリームは
その場でカスタードクリームを詰めてくれるから
あまり時間を置かずに食べればパリパリの皮を楽しめる。
一ヶ130円で、僕のようにひとつだけ買う客でも
ご主人はイヤな顔もせず袋に入れてくれる。



幼い子どもを二人連れた母親が
ケーキを二つ買おうか、三つにしようか迷っていた。
母親が、家計をどうやりくりするかで日々頭を痛める身だとしたら
その違いは大きいに決まっている。


この洋菓子屋は良心的な値段で品物を売ることで
地元では知られているが、
昨年近所に行列ができるワッフル屋ができたから
客がそちらに流れていることもおおいに考えられる。
気は抜けない。



パリでパティシエの勉強をしてきた女性が
近所の珈琲豆販売店に焼き菓子を卸している。
僕は豆を買うついでに試し買いをしたことがあった。
散歩の途中にふと気づくと、
その菓子屋が小売りの店をオープンしていた。
立ち寄ってみる。
菓子を並べたショーウインドウの奥が小さめのキッチンで
若い女主人がまさに焼き菓子を作っているところだった。




この店の菓子は一ヶ150円から200円だから、
高いとみるか、リーズナブルとみるかは人それぞれだろう。
パリ仕込みが自慢の焼き菓子専門店である。
「この一月にようやく念願のお店を開くことができました」
と若きパテェシエは笑顔で言った。
頑張って長く続けてほしいな、と僕は勘定しながら内心思った。



そうかと思えばひっそり店を閉じる和菓子屋もある。
僕は気づかなかったが
昨年10月に閉店したと伝える主人自筆の貼り紙がある。
よく見ると別の人の手書きでこう書き足してある。


 「いつもごちそうさま。ありがとうございました。
  また再開するかと思っていました。とても残念です。」


なじみの客が自分の気持ちを店の人に残そうと
書き添えたものだろう。
豆大福が評判の店だったらしい。



人々の暮らしにうるおいを届けるために
日夜舞台裏で奮闘している店がある。
和菓子洋菓子、ちっぽけな存在のようだが、
たかが菓子と侮るなかれ。
作る人、買う人、届ける人、食べる人。
菓子ひとつの背後に
人間たちの営みが見え隠れしている。