旅する湯豆腐


高くて旨い豆腐はいくらでも見つかるけれど、
毎日の豆腐は安くて旨いのがいい。
僕がよく買うのは駅前M青果の豆腐。
絹、木綿、安いのが3丁100円(厚揚げを混ぜても同じ値段)。
ちょいと上等なのが2丁100円。



近頃の豆腐は長持ちするとは言え、
生鮮食品だから3丁買うのは少々ためらう。
しかもちょいと上等な豆腐は
国産大豆フクユタカ100%使用。
もちろん遺伝子組み換えではない大豆だ。
1丁50円でもちゃんと豆の味がする。



会社の元先輩A亭にいただいたアルミニウム製1合炊き飯ごうで
教わったとおり昆布を切手大に敷き
(僕は「月に雁」くらいの大きさに切る)、
「一丁湯豆腐」を作る。
同居人の故郷から届いたスダチを半分絞り、
スダチ醤油で味わう。


A亭は小型車にキッチンを付け、
椅子を倒すと車内で寝られるように改造した。
その特別小型車で日本中を旅して、
旨いものを見つけては食べている。
ときどき収穫を我が家にも運んでくれる。



A亭はよもや天才ではないかと思われるCMプランナーだったが、
あっさり早期退職して旅しながら遊んでいる。
旅の空で「一丁湯豆腐」を楽しむこともあるらしい。
JR東海「そうだ、京都、行こう」のキャンペーンを
立ち上げから作った人である。
(奥方はA亭と一緒に車で旅することは固辞して
 留守番役を選んだ。できた方なのだ)


「ところで、ナカヤマくんはいま何してるの?」
と家に寄った帰り際に訊かれた。
「シニアというやつで同じ会社でまだ働いてるんですよ」
A亭はニマッと笑って
「お好きなのね」
とつぶやいて去っていった。