池上彰『わかりやすさの罠』(集英社新書、2019)

ニュース等のわかりやすい解説で第一人者の池上彰さん。
「あれ、このタイトルは?」と書店で気になり、購入した。
池上彰『わかりやすさの罠—池上流「知る力」の鍛え方』
集英社新書、2019)を読む。



   以前、番組の中で、ゲストから
   「池上さんの言うことは正しいと思いますから、
   池上さんの考えを教えてください。そのとおりに従いますから」
   と言われて、「そういう考えが一番いけない」と怒ったことがあります。


   私の解説は、きっかけにすぎません。
   そこから先を自分たちの頭で考えられるのが、
   「知る力」を備えた、一人前の大人なのです。
                         (p.26)


池上さんは硬派である。
筋金入りのジャーナリストである。
著作を読み、池上さんが登壇するセミナー、シンポジウムに何度か出掛け、
僕の第一印象は確信となった。
アウンサンスーチーに二回ふられた話」が印象深い。


   海外でのインタビューでは、
   相手の都合でドタキャンされるという経験もしました。
   しかも、事前にちゃんとアポイントメントをとって会いに行ったのに、
   二回もふられてしまった相手がいます。
   1991年にノーベル平和賞を受賞したミャンマー民主化運動の指導者、
   アウンサンスーチー氏です。
                        (p.179)


二回ドタキャンされても、手ぶらでは帰らないのが池上さんです。
気の毒に思ったNLD(国民民主連盟National league for Democracy
引用者注:スーチーさんをリーダーと仰ぐ政治団体)の人が
スーチー氏の留守の間に彼女の家を見せてくれたのです。
そこは「お屋敷」と呼びたくなるような広大な敷地でした。


   家の敷地から出られないこと自体は確かに不自由だったでしょうが、
   スーチー氏は、どうやら私たちが思い描いていた「自宅軟禁」とは
   ずいぶん違う日々を過ごしていたようです。
                        (p.181)


池上さんはスーチー氏にこれまで会った日本人に
彼女の印象を聞いて回ります。


   ところが、スーチー氏に会った人々が言うには、
   「お嬢様育ちで、周囲が皆、アウンサン将軍に世話になった人ばかりだから、
   彼女のわがままがみんな通ってしまう」、
   そんなところが田中真紀子氏にそっくりなのだそうです。
                         (p.183)


さらに彼女の国際的評価が下がっている事実を指摘します。
このときの報道には僕も注目しました。


   2018年11月、国際人権団体アムネスティ・インターナショナル
   スーチー氏に授与した最高賞「良心の大使賞」を剥奪すると発表しました。
   「かつては擁護したはずの価値観に対する恥ずべき裏切りだ」
   と激しく非難したのです。


   その理由は、ミャンマーイスラム少数民族ロヒンギャの迫害に関連して
   人権を蹂躙(じゅうりん)し続け、
   迫害を取材していたロイター通信記者に対して
   有罪判決が下されたことなどです。
   これらに際して「人権や正義、平等を守るために
   政治的・道徳的な権限を行使しなかった」と理由を説明しました。
                               (p.184)


以上の情報から
池上さんは「ひとまずの結論」に辿りつきます。


   最近、彼女の容貌から
   以前の気高い美しさが薄れているのではないか、
   と感じることもあります。
   「悲劇のヒロイン」なのか、「高慢なお嬢様」なのか、
   いつか彼女に会って、今度こそ自分の目で確かめてみたいですね。
                            (p.184-185)


自分がインタビューしていない段階で
池上さんは断定的な結論は出しません。
けれども、スーチー氏の「悲劇のヒロイン」像には
自分の体験、取材から留保を付け、読者の注意を喚起します。
ジャーナリストとしての仕事ぶりがうかがえます。


「今後はジャーナリストとして活動していきたい」と語った
有働(うどう)NHKアナウンサー(当時)に送った
池上さんのコメントがあります。


   有働さんがNHKを退局したとき、
   「先輩」ということでコメントを求められた私は、
   「そんなに簡単にジャーナリストと自称してほしくない」
   と厳しいエールを送りました。


   彼女は今、自分で現場に行き、取材を続けています。
   日本テレビの夜のニュース番組を担当したので、
   自動的にキャスターという肩書きがつきましたが、
   肩書きに関係なくジャーナリストと名乗れるように頑張ってほしいですね。
                               (p.71)


どうです?
硬派の先輩のコメントでしょう。
お世辞のような甘いことは言わない人なんですね。


池上さんの略歴の書き出しは本書ではこうです。
「1950年、長野県生まれ。ジャーナリスト、
名城大学教授、東京工業大学特命教授。」