池上彰評:バラク・オバマ『約束の地 大統領回顧録 I』(上・下)(集英社、2021)

クリッピングから
集英社PR誌『青春と読書』2021年3月号
インタビュー/池上彰


混乱した世界を修復するための教科書
  バラク・オバマ『約束の地 大統領回顧録 I』(上・下)


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(3月号から購読。年間12冊910円(税・送料込))


  オバマ元大統領は、2016年5月27日、
  現職大統領として初めて被爆地・広島を訪れ、
  「核兵器のない世界」に向けたスピーチを行いました。
  その現場にいたジャーナリストの池上彰さんは
  オバマのスピーチに感激し、自ら翻訳を手がけています
  (『きみに聞いてほしいー広島に来た大統領』
  翻訳・池上彰/画・葉祥明、徳間書店)。
  本書の刊行を待ち遠しく思っていたという池上さんに、
  お話を伺いました。

                (聞き手・構成=増子信一)


約束の地 大統領回顧録 I 上

約束の地 大統領回顧録 I 上

約束の地 大統領回顧録 I 下

約束の地 大統領回顧録 I 下



     ーお読みになって、印象に残ったところは?

  まずは、大統領の引き継ぎの場面ですね。
  当然のことながら、オバマはそれまでのブッシュ政権のことを
  ずっと批判してきたわけです。
  その批判してきた者をブッシュが快くホワイトハウスに招き入れて、
  いろいろな引き継ぎをする。


  オバマにしてみると、ブッシュ大統領は自分に対して
  複雑な感情を持っているのだろうけれど、
  それを露ほど見せずに、本当に優しく丁寧に、
  つつがなく引き継ぎが運ぶように最善を尽くしてくれた。
  だから「自分が退任するときにも同じように
  後任の大統領に協力することを心に誓った」わけですね。
  

  事実そのとおり、トランプに対してはいろいろな思いがあるけれど、
  オバマはちゃんと引き継ぎをした。
  ところが、そのトランプは何もやろうとしないどころか
  後ろ足で砂をかけるようなことをした。
  こういうところは、今だからこそ新しい読み方ができると思います。


  それから非常に印象に残ったのは、
  オバマの世界各国の首脳に対する批評で、
  「えっ、こんなに赤裸々に書いちゃっていいの?」
  というくらい面白かったですね。


  たとえば、ドイツのメルケル首相については
  「知れば知るほど惹(ひ)かれる人物だった。
  冷静で、誠実で、正直で、知的かつ厳格で、優しい心をもっている」
  と、実に高い評価をしている。
  それに対してフランスのサルコジ大統領(当時)に対しては、
  「メルケルと違って、こと政策に関してはまったく一貫性がなく、
  メディアの大見出しや政治的な都合に左右されることもしばしばだった」
  と手厳しい。
  (略)


  ところが、日本の政治家は
  わずかに鳩山首相(当時)が出てくるだけです。
  日本に対しての関心が少ないのか、
  あるいは日本の国際的な存在感が希薄なのか。
  いろいろなことを考えさせられます。
  でも、当時の天皇と皇后(現在の上皇上皇后)のお二人に対しては
  実に敬意を払い、非常に高く評価しているので
  ここでちょっと救われるのですけどね。
  (略)


  トランプによって翻弄された四年間でしたが、
  これから改めてアメリカの政治、国際情勢はどうあるべきか、
  あるいはリーダーはどうあるべきかを考える上で、
  この本は良き教科書になると思います。


A Promised Land

A Promised Land

  • 作者:Obama, Barack
  • 発売日: 2020/11/17
  • メディア: ハードカバー


上・下会わせて千ページを超える大作。
2011年のオサマ・ビン・ラディン暗殺までを本書で描き、
その以降の時期は『II』として現在執筆中。
オバマ元大統領は、書き手としても実に精力的な人だ。


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(池上さんのコメントをさっそく広告に引用。2月20日付朝日朝刊)


きみに聞いてほしい

きみに聞いてほしい

  • 発売日: 2016/12/16
  • メディア: 単行本