佐藤優評:島田雅彦『虚人の星』(講談社、2015)

「100分de名著」での谷崎潤一郎スペシャル講義
読売文学賞受賞の小説『君が異端だった頃』が面白かった。
すっかりファンになってしまった。
島田雅彦『虚人の星』(講談社、2015)を連読。


虚人の星 (講談社文庫)

虚人の星 (講談社文庫)

(池田学の装画「予兆」、鈴木成一デザイン室の装幀が素晴らしい)


佐藤優さんが近著『本は3冊同時に読みなさい』(マガジンハウス、2020)で
この作品を取り上げている。
引用する。


本は3冊同時に読みなさい

本は3冊同時に読みなさい


  1960年生まれの私にとって
  島田雅彦さんは同世代作家の英雄的存在と言っていいでしょう。

                         (p.136)


  優れた小説は、複数の読み解きが可能になる。
  本書は、ユーモア小説、パロディ小説、スパイ小説、
  政治小説などとして読むことができる。
  私はこの作品を、誰もが持つ複合アイデンティティーを
  描いた小説として読んだ。
  (略)


  星新一が小学校3年生、
  9歳だったときのある平日の午後、事件が起きる。
  学校から帰宅し、自宅で宿題をしていると、
  新一は父からの電話で渋谷に呼び出される。
  父からは、クローゼットの喪服のポケットに入っている鍵を
  持ってきて欲しいと依頼される。


  父親は感謝し、新一が寿司を食べたいと言うので、
  道玄坂鮨屋に連れて行き、カウンターでお好み鮨を食べさせる。
  途中、「パパおまえが届けてくれた鍵を友達に渡さないといけないので、
  ちょっと出かけてくるよ、三十分くらいしたら戻ってくるから、
  ゆっくり食べなさい。いいね」と言って、父は中座する。
  そのまま父は失踪してしまう。
  (略)


  外務省を舞台にした小説は、
  細部をどう描いているかでリアリティが大きく異なってくる。
  この小説にはリアリティがある。
  それは新一を人事院が行う国家公務員総合職試験に合格し、
  官庁訪問と面接で外務省が採用したキャリア外交官ではなく、
  外務省が独自に行う外務省専門職員採用試験に合格した
  専門職の外交官に設定しているからだ。
  (略)


  私もこの試験を受けたことがあるが、かなり特殊な内容の試験だった。
  『虚人の星』にこの試験の内容が書かれているが、正確だ。
  島田氏がこの試験の合格者に取材するか、
  合格体験記を読んで調査していなくては、このような正確な記述はできない。
  また、総理が密かにプライベートな時間を作る技法についても、
  事情をかなりよく知る人から取材しないとわからない。
  こういう細部をめぐるていねいな準備が、この作品の完成度を高めている。
  (略)


  今年(引用者注:2015年)一押しの面白い小説だ。
  是非手にとって欲しい。

                  (pp.148-151/初出「群像」2015年11月号)


登場人物の名前の付け方から
現在の政治、国際情勢についての観察・分析まで
風刺が効いていて読んでいて楽しい。
ラストシーンでは日本に対する島田の思いがうかがえ、
少し意外な読後感を持った。
鋭利な刃物で切断するように終わる、
そのエンディングが島田らしくてカッコいい。


谷崎潤一郎スペシャル 2020年10月 (NHK100分de名著)

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君が異端だった頃

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空想居酒屋 (NHK出版新書)

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(この新刊エッセイ、気になります……)