小さな声が聞こえたときは、まず耳を澄ます

どこかでいいことを読んだなぁ、聞いたなぁと
「いいこと」の記憶だけが浮かんでくることがある。
そんなときは後回しにしないで、まず探してみる。
きっと自分にとって大事なメッセージだと思うからだ。


あった、あった、これだ。
先日読み終えた、
いとうせいこう『想像ラジオ』(河出文庫、2015)の一節だ。


想像ラジオ (河出文庫)

想像ラジオ (河出文庫)


  調子に乗って今ふと思い出した話をすると、
  草助が中学に入った頃から気づくとかかとを中心にして
  くるっと体を一回転させる癖がついていて、
  何をしているつもりかわからないから
  そのまま放っておいた時期があったんです。


  あれは奴の二の腕にアザが見つかるよりも
  前のことだったなあ。
  夏休みに親父が草助を連れて帰って来いというので、
  奥さんと三人でつまりは僕が今いるこの町で一週間ほどを過ごした。


  最初の晩、贅沢(ぜいたく)な魚介類尽くしで迎えられたあとの
  畳敷きの広間の低いテーブルの横で、
  親父と兄貴、そして奥さんと僕が酒に酔って
  色々と話す流れになったんだけど、
  草助はそのかたわらで立って会話を聞いていて、
  途中で二度ほど例の回転をやるんです。


  すると、兄貴がにやりとして言ったんですよ。
  「草ちゃん、おめえは勇者だな」
  なんのことかまったく理解出来ずにいると、
  草助の顔がライトで照らしたようにあかあかと輝いた。


  「おじさん、わかるの?」と草助は小さな声で言った。
  兄貴は答えました。
  「わがる。俺の場合は右手を上げて三回強く振った」
  説明してくれと僕が二人に言うと、
  草助は叱られるとでも思ったのか
  ゆでトウモロコシをテーブルの上の盆から取って、
  こちらに背を向けて座ってしまった。


  かわって兄貴が言った。
  「世界が悪い方に向がわねように、
  草助は嫌なことばを聞ぐ度にくるっと体を回して、
  言ってみれば未来を変えでるんだ。
  そのせいで自分が何がに罰を受げでもかまわねえ。
  そう思って命がけでやっでんだ、やづは勇者だ。
  な、草助?」
  と兄貴が声をかけたが、草助は黙っていた。


  兄貴は続けた。
  「俺の場合は右手を三回振ったもんだ。
  どっがで戦争が起ぎるどが、
  台風が来て地盤がゆるんで災害が起ぎそうだどが、
  うぢの会社の経営が傾ぐ話どが、親戚の病気が悪ぐなってる噂どが、
  そだ言葉を耳に入れる度に右手を振って未来を変える。
  変人にみえだっでかまわねえ。
  俺だぢ勇者が世界を守ってる」


  翌日、兄貴が教えてくれたところによると、
  草助と兄貴はその晩、庭に出て ”勇者対談” をしたのだそうだ。
  草助は特に親戚一同を守っていると話したらしい。
  最後に、兄貴は草助の肩を叩いて頑張れよと声をかけたと聞いた。

                         (pp.188-189)



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悪い言葉が耳に入るたびに
草助はかかとを中心に体をくるっと一回転し、
兄貴は右手を上げて三回強く振る。
「世界が悪い方に向がわねように」、
勇者たちはそうした行為で未来を変え、世界を守っている。


このメッセージがなぜ自分の顕在意識まで
ポッカリ浮き上がってきたのか、今はわからない。
でも僕は、そのわからなさを大事にしたいと思うのだ。
小さな声が聞こえたときは、まず耳を澄ます。
意味を考えるのは、後からでもできるから。


福島モノローグ

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