20世紀の人間は「ひとは教育で育てることが大切だ」と勘違いした(日高敏隆)

クリッピングから
毎日新聞2021年5月3日朝刊
一面コラム「余録」


73回目の憲法記念日を祝福して
子規、日高敏隆憲法を、
ひらひらと舞うチョウが結んだ一篇。


  「蝶々や順礼の子のおくれがち」。
  巡礼の道中、ひらひらと舞うチョウに
  目を奪われる幼子を詠んだ子規の句である。
  どこへ行くのだろう。
  決まった道があるのだろう。
  そんな独り言が聞こえてくる▲


  動物行動学者の草分けである日高敏隆さん
  子どものころ、この疑問にとりつかれた。
  戦後、大学でチョウを研究し学位を取った。
  観察し、仮説を立て、実験を繰り返して
  チョウの不思議を追う旅は生涯続いた▲


  45歳で書いた「チョウはなぜ飛ぶか」(岩波書店)は、
  足かけ40年の謎解きを平易な文章でつづる。
  だが肝心の疑問への答えは書かれていない。
  「まだ研究の途中にあることについて書きたかった。
  いろんな失敗や、ばかばかしいまちがいを書きたかった」からだ▲


  試行錯誤の連続だが、それを楽しめるほど自然は奥深い。
  「いつも『科学、科学』『研究、研究』『勉強、勉強』
  なんていっていたら、人生は灰色になってしまう」
  と、あとがきに書いている▲


  「20世紀の人間は
  『人は教育で育てることが大切だ』と勘違いした」とも語った。
  「なぜ?」と自ら問い、学んでこそ人は育つと
  日高さんは考えていた。
  日本国憲法には教育を受ける権利、受けさせる義務とともに
  「学問の自由」もきちんと書き込まれている▲


  だが昨今、研究をめぐる環境は息苦しい。
  政府はすぐに役立ち国益に背かぬ研究者を育てたいようだ。
  そんなことでは、環境破壊や戦争のように、
  人間の愚かさが引き起こした複雑な問題には解を出せない。

                            2021.5.3


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チョウはなぜ飛ぶか (岩波少年文庫)

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  • 作者:日高 敏隆
  • 発売日: 2020/05/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)