杉田弘毅『アメリカの制裁外交』(岩波新書、2020)

「金融制裁」という補助線を引くと、
バラバラに理解していた点が一気につながった。
杉田弘毅(ひろき)『アメリカの制裁外交』
岩波新書、2020)を読む。


アメリカの制裁外交 (岩波新書)

アメリカの制裁外交 (岩波新書)


「はじめに」から引用する。


  経済制裁と言えば、思いつくのは
  太平洋戦争開戦前の日本に対する石油禁輸ABCD包囲網や、
  冷戦時代の対共産圏輸出統制委員会(ココム)であり、
  湾岸危機の際のイラクに対する全面的な貿易禁輸である。
  つまりモノの遮断である。


  しかし、今の米国の経済制裁の中心は、
  敵対する国や組織を締め上げるために基軸通貨ドルと
  世界経済の動脈である米国の金融システムをフルに使う
  金融制裁にある。


  モノの遮断はいくらでも抜け穴を見つけられ効果が薄い。
  モノはどこででも生産でき、貿易できるからだ。
  だがドルを使わせない金融制裁は、
  米国が独占的にドルの使用ににらみを利かせているから、
  抜け穴封じができる。
  その分効果が上がる。


  しかも米国の金融制裁に違反して、
  いわゆる「ならず者」国家・組織に
  送金などの金融サービスを提供した銀行には、
  場合によっては一兆円という超巨額の制裁金を支払わせる。
  米国の銀行だけではない。
  日本の銀行も制裁金を科されるから、他人事ではない。


  なぜそんな制裁金命令が可能かと言えば、
  ニューヨーク・ウォール街での業務を必須の条件とする大手銀行に、
  米国の意向に逆らえば銀行の免許没収という脅しを付けているからだ。

                             (p.v)


日本のトップバンク三菱東京UFJ銀行
制裁金を科された事例が本書で詳細に紹介されている。


  また三菱東京UFJ銀行も、2002年から07年にかけて、
  米国の制裁対象のイランやミャンマーなどへの送金規制に違反したとして、
  米財務省やDFS(引用者注:ニューヨーク州金融サービス局)の調査を受け、
  12年12月には米財務省に857万ドル、
  13年6月にはDFSに2億5000万ドルを支払って和解し、
  また14年11月にはこうした事案に関して
  米大手監査法人への指示やDFSへの説明に非があったとして
  DFSにさらに3億1500万ドルを支払っている。


制裁金の合計は5億7357万ドル。
1ドル=109.07円で換算して、625億6177万円。
気の遠くなる金額が日本の銀行からアメリカ当局に支払われていた。
本書は、そのような金融制裁がなぜアメリカにだけ可能なのか、
丁寧に解説している。
目次は以下の通り。


  はじめに

  第1部 司直の長い腕
    第1章 孟晩舟はなぜ逮捕されたのか
    第2章 経済制裁とその歴史

  第2部 アメリカ制裁の最前線
    第3章 米制裁を変えた9・11 ーテロ
    第4章 マカオ発の激震 ー北朝鮮
    第5章 原油輸出をゼロに ーイラン
    第6章 地政学変えたクリミア制裁 ーロシア

  第3部 制裁の闇
    第7章 巨額の罰金はどこへ
    第8章 冤罪の恐怖
    第9草 米法はなぜ外国を縛るのか

  第4部 金融制裁乱用のトランプ政権
    第10章 制裁に効果はあるのか
    第11章 基軸通貨ドルの行方

  あとがき ー覇権の行方

                 (p.129)


著者は2021年度日本記者クラブ賞を受賞した。
授賞理由は以下の通り。
僕はこれを読んで興味を持ち、本書を手にした。


  杉田弘毅(共同通信特別編集委員論説委員


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  30年以上にわたり米中、米ロ、中東、日米と幅広く取材、
  日本の国際報道をけん引し、アメリカ報道の第一人者といえる。
  アメリカに重心を置きつつ、常に複眼的に事象をとらえ、
  論考は政治、経済、外交、社会すべてに目が配られている。


  著書『アメリカの制裁外交』は、
  独自の視点で長引く対テロ戦争と制裁外交をリンクさせ、
  金融制裁の実相と余波を描き出した。


  コラム、論説、論評と、幅広く書き分ける活動はもとより、
  国際会議での登壇、報道番組のコメンテーター、
  英文メディアへの寄稿と、多彩な言論活動で
  国際報道の質を高めてきた業績は大きい。


引用は日本記者クラブホームページより。


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