クリッピングから
毎日新聞2023年2月4日朝刊
「今週の本棚/なつかしい一冊」舛添要一(国際政治学者)・選
『ジョゼフ・フーシェ ある政治的人間の肖像』
シュテファン・ツワイク著 高橋禎二・秋山英夫訳(岩波文庫 1122円)
(舛添が読んだ山下訳)
(現在入手できる岩波文庫版の高橋・秋山訳)
東大法学部で政治学を専攻し、研究者への道を模索していた頃に、
山下肇氏の訳で、1929年にドイツ語で出版されたこの本を読んだ。
50年前に出会った本書を書庫から引っ張り出して、ページを開くと、
熱心に読んだ形跡がある。
副題にあるように、これは「政治的人間」についての伝記である。
(略)
岡(喜達:引用者補足)教授の兄で、
篠原教授の師である岡義武先生からは、
「君の論文を読むと、君はストーリーテラーに向いている」
という示唆をいただいた。
要するに、歴史、とりわけ政治家の伝記を
皆に分かり易(やす)く、巧みに語れということであった。
(略)
その後、大学を辞め、
自由な立場でマスコミなどで言論活動を続けたが、
認知症になった母親の介護をきっかけに政治の道に転身した。
権謀術数渦巻く政治の場に身を置いて、
フーシェという政治的人間の凄(すご)さを痛感したものである。
「政府が、国体が、主義が、人間が、移り変わり、
この世紀の転換期の騒がしい旋風の中で、
すべてのものがこわれて消えた。
ただ一人、変わらぬ地位にあってすべてに仕え、
すべての主義に従っていたのが、ジョゼフ・フーシェであった」
(山下訳より)
このツヴァイクの観察通りの変節漢、カメレオン、
常に権力の座にいる人物は、共産主義者にも皇帝の臣下にもなる。
その力の源泉は情報収集能力であった。
政策重視などと叫ぶ私という政治家は、
この政治的人間の足下にも及ばないことを痛感したものである。
公職を去った後、
ツヴァイクのようなストーリーテラーになるという思いを実行すべく、
ヒトラー、ムッソリーニ、スターリンの伝記を公刊した。
今は、プーチン論を執筆中で、次は毛沢東に取りかかる。
しかし、ツヴァイクの域には達しそうもない。