気づいてあげられなくてゴメンね(椿原章代)

クリッピングから
毎日新聞2023年5月6日朝刊
読者投稿欄「女の気持ち」 
白い犬


  (略)
  白い犬には悲しい思い出がある。
  70年くらい前、真っ白で美しいスピッツを飼っていた。
  名前は「コロ」。
  我が家が営む帽子店のお客さんにもかわいがられていた。


  だがある日、そのコロがいなくなってしまった。
  学校を休んで捜し回ったが見つからない。
  そのうち帰ってくるかと期待したが、帰ってはこなかった。


  2年が過ぎたある日、
  バスで40分ほどの街に住む友達に会いに出かけた。
  その帰り、雨の降るバス停で立っていると、
  汚れたモップのようなグレーの犬が私にすり寄ってきた。
  汚くて怖いので傘で追い払ったが、すぐに近寄ってくる。


  バスが来て乗り込み、ドアが閉まったとき
  その犬が「ワン!」とほえ、バスを見上げた。
  その瞬間「あっ、コロだ」と気づいた。
  運転手さんに「止めて」と頼んだが、
  次の停留所で降りるよう言われた。


  バスを降り、傘もささずに
  「コロ!コロ!」と呼びながら前のバス停まで戻った。
  だが、コロはもういなかった。
  「気づいてあげられなくてゴメンね」。
  ずぶぬれになりながら、座り込んで泣いた。


  今でも白い犬を見ると、
  コロを思い出して涙ぐんでしまう。

          札幌市南区 椿原章代 主婦・82歳