エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』(2015)


ギリシャウクライナ、シリア、イラクなどの動きに目を奪われ、
ドイツに注目する機会がこのところ少なかった。
そうか、「ドイツ帝国」に着目にすれば、
こうした現実を読み解く補助線になるのか。
エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる
―日本人への警告』(2015/堀茂樹訳) を読む。



これ見よがしなタイトルが気に入らず
何度か書店で手にしたが、後回しにしてきた。
インタビュー原題は「ドイツがヨーロッパ大陸を牛耳る」だ。
いざ、読み始めると辛辣な物言いとは裏腹に
トッドの分析は冷静かつ洞察に溢れたものだった。
フランスの歴史人口学者・家族人類学者で、
人口動態に着目して分析する方法は独特だ。


ドイツ帝国」の中身は
(1) ドイツ (2) ドイツ圏 (3) 自主的隷属
(4) ロシア嫌いの衛星国 (5) 事実上の被支配 (6) 離脱途上
(7) 併合途上、の7分類になる。
人口を比較すると3億人強のアメリカに対し、
ドイツ帝国」は5.5億人。
両者の実質GDPは既にほぼ互角だ。



なぜ、アメリカの世界支配力が落ちているか。
なぜ、「ドイツ帝国」が拡大しつつあるか。
その鍵はユーロにある。
ユーロで貨幣統一したことにより、
経済的弱小国は独自の金融政策を取ることが不可能になる。
ドイツは「帝国化」することで東ヨーロッパはもちろん、
ウクライナまでを低賃金で賄う労働力として確保しようとする。
そこからドイツをリーダーとするEUとロシアの対決が生まれる。



   (著者写真はWikipediaより引用)


これまで日本でさほど読まれてこなかったトッドのインタビュー集を
日本の読者のためだけに再編集し出版したのが本書だ。
トマ・ピケティの著作が今年日本でもベストセラーになり、
本人が来日して講演するなどブームになった。
その追い風があったからトッドが注目されたろう。
けれども、トッドは柳の下の二匹目のドジョウではない。
彼の分析、洞察は刮目に値する。


新ヨーロッパ大全〈1〉

新ヨーロッパ大全〈1〉


藤原書店がトッドの学術的著作を長年に渡り出版している。
僕が注目する歴史学者岡田英弘全著作集を刊行しているのも
藤原書店だ。
いっときのブームで終わらせるのでなく、
志をぶらさず地道な出版を続ける出版社の存在は大変心強い。


今回取り上げた文春新書は西泰志編集。
西は着眼点、タイミングがよく打率の高い編集者だ。
西、翻訳の堀がトッドと旧知の仲であったことが
イムリーな出版実現につながった。


wikipedia:en:Emmanuel Todd
wikipedia:エマニュエル・トッド


8月がきょうで終わる。
2015年も残すところあと4ヶ月。


21世紀の資本

21世紀の資本


(文中敬称略)