佐藤紅緑『ああ玉杯に花受けて』(1928/2014文庫版)


その時代に人びとはどんな空気の中で生きていたか。
歴史概説書で解説できない時代の気分を
写すことができるのが小説だ。
佐藤紅緑『ああ玉杯に花受けて』(1928)を読む。
昭和2年少年倶楽部』に連載した紅緑初の少年小説である。



小学時代に学業優秀だったが家が貧しく進学できなかった
豆腐屋のチビ公こと千六。
役場助役の父親の力をいいことに
回りの生徒を片っ端からいじめる
腕力自慢の生蕃(せいばん)こと阪井巌。
強い者に媚びを売り、人の弱みにつけ込むのがうまい
医者の息子、手塚。
文武両道正義感みなぎる光一。
貧しい家のこどもたちを塾で教える黙々先生。



どの人物も紅緑の創作ではあるのだが、
昭和初期の、いまでは想像もしづらい「時代の気分」を伝える。
クライマックス弁論大会での光一の演説は
紅緑の考えを反映しているのだろうが、
「正義」をふりかざすところが現代の視点では鼻につく。
他人に強要する「正義」ほど恐ろしいものはないからだ。


2014年に講談社文芸文庫に収められたが、
印刷部数が限られているのだろう、文庫でも1,600円(税別)する。
僕は千代田図書館で見つけて借りて読んだ。
ボランティアが電子化してくれたパブリックドメインなら
Kindle版を無料で読める(以下書名をクリック)。



昭和初期の「時代の気分」を知るために、
現代の「正義」を振りかざす者どもに用心するために
痛快娯楽、おすすめの一冊。


(文中敬称略)