加藤周一『読書術』(1993、岩波同時代ライブラリー/1962、光文社)


55年前に書かれた本とは思えないほど
新鮮かつ有用であった。
加藤周一『読書術』を読む。



「新聞には記憶がない」と小見出しが立てられた段落で
加藤は新聞の性格の三つの大事な特徴を書く。
三番目を引用する。


   第三に、新聞、ことに日刊新聞は、
   情報をすばやく提供することを任務としているために、
   そして紙面がかぎられているために、
   昨日あった出来事を忘れて、あるいは、少なくとも書かないで、
   今日あった出来事だけを報道します。


   別の言葉でいうと、新聞の紙面に関するかぎり、
   そこには記憶というものがありません。
   その意味で、日刊新聞と歴史の本とは対蹠的なものでしょう。
   (p.159)


明晰な文章はこう書けばいいという見本で、
英作文の問題として出題しても翻訳しやすい文章だ。


読書術 (岩波現代文庫)

読書術 (岩波現代文庫)


1992年に著者が書いた
「あとがき、または三十年後」にこうある。


   1960年の春、
   岸内閣の安保条約改訂に反対する大衆運動がまきおこって
   東京の街は騒然としていました。
   その頃ある出版社(光文社)が私に、
   高校生へ向けて「読書術」という本を書かないか、
   書けば新書版の「ベストセラー」にしてみせる、といいました。


   (中略)
   カナダでの私は忙しくて、
   送ってきた口述筆記を読み直して整理する暇がなく、
   しばらくそのままにしておいて、
   やっと原稿を作りまえがきを書いたのが、1962年です。


   口述と併せて使った時間は、たしかに一ヶ月以内でしたが、
   「ベストセラー」の話は半信半疑、
   というよりもなかば冗談のつもりでした。


   ところが意外にも、この本が「ベストセラー」になり、
   その後何十年も版を重ねて、普及するようになりました。
   光文社版の『読書術』です。
   (pp.211-12)


精読術、速読術、読まずにすます読書術、
原書解読術、新聞・雑誌看破術、難解本の読破術など
各論が楽しい。



現在、大学生の49.1%が
一日の読書時間ゼロと ある統計にはあった。
少なくとも60年代から90年代くらいまで
加藤の読書術を盗む知的水準を持った高校生が
一定の割合存在した訳だ。


もちろん、この内容なら
社会人にとっても充分役に立つのは間違いない。
『高校生のための読書術』と銘打たなかった編集者は
そのあたりはきちんと計算して「ベストセラー」をものにしたことだろう。


wikipedia:加藤周一
(文中敬称略)