スクラップブックから
朝日新聞2019年5月8日
読者投稿欄「ひととき」
あの黒板のお陰で 三村三千代
8歳ごろまでの私は体が弱く
学校も休んでばかりの子どもだった。
ある日、私の枕元で母がいつになく優しい声で
「元気になったら何か欲しいものを買ってあげる。
何がいい?」と言った。
私は「黒板がほしい」と即答。
母は一瞬「えっ?」と言い、その後「黒板ね!」と笑った。
3年生になり、元気に登校できるようになったある日のこと、
父が半畳くらいの大きさの黒板を抱えて帰ってきた。
会社で不要になったのをもらってきたと、
新しい3色のチョークと黒板消しをつけての
私へのプレゼントであった。
(略)
半世紀以上も前の出来事なのに、
枕元での母の驚いたような笑顔や、
黒板を持ち帰ってくれた時の父の姿が鮮明に浮かぶ。
あの時は先生に対する憧れというより、
黒板に字を書きたいという単純な思いだけだったかもしれない。
でも両親の愛情の連係プレーのお陰で、
私は本物の教師になれたのかな、とふと思う。
(埼玉県越谷市 元教員 66歳)
8歳の療養中の少女が欲しいものが「黒板」だった意外性。
会社で不要になった「本物の黒板」を家に持ち帰った父親。
60年近く時を経ても三村さんの記憶に残るシーンなのですね。
三村さんがその後、教員になり、いまは「元教員」になって
人生の一コマを思い出す様子が印象に残りました。