朱野帰子『わたし、定時で帰ります』(新潮社、2018/新潮文庫、2019)


世を挙げての「働き方改革」の時流に乗っかった作品と思いきや、
人物描写にリアリティがあって最後まで一気に読ませてしまう力がある。
朱野帰子(あけの かえるこ)『わたし、定時で帰ります』
(新潮社、2018/新潮文庫、2019)を読む。


わたし、定時で帰ります。 (新潮文庫)

わたし、定時で帰ります。 (新潮文庫)


編集部が書いたPRの文章はこうある。
(わずか三行のスペースに内容を的確にまとめて
読者の興味をそそる編集者の文章技術にはいつも感心する。
きっと国語の成績のよかった人たちなんだろうな)


   絶対に定時で帰ると心に決めた会社員が、
   部下を潰すブラック上司に反旗を飜す!
   働き方に悩むすべての人に捧げる痛快お仕事小説。


文庫には解説が付くので(欧米のペーパーバックにはない慣習だが、
僕はうれしい)それを読むのも楽しみ。
本書では書評家・吉田伸子が書いている。
引用する。


   主人公・東山結衣は32歳。
   新卒でIT系企業—企業のウェブサイトやアプリを
   製作する—に入社して10年。
   中堅としてきっちり仕事をこなしつつも、
   「定時で帰る」ことを自分のポリシーとしている。


   そもそも、結衣が今の会社を選んだ理由が、
   社長の灰原が「長時間労働が当たり前のこの業界で、
   いち早く改善に動いていることを知り、
   会ってみたいと思った」からだったのだ。
   「できるだけ残業しない」というその社風は、
   「じわじわと脅(おびや)かされはじめている」。
                    (p.354-355)


現在の日本の労働環境にピタリ当てはまる設定だ。
結衣が定時に帰りたい理由が微笑ましい。


   それでも、結衣が定時出社を守っているのには理由がある。
   その一つが会社から徒歩5分の雑居ビルの地下にある
   「上海(シャンハイ)飯店」のハッピーアワーだ。
   18時半までに注文すれば、ビールの中ジョッキが半額なのだ。


   店の女店主である王丹(ワンタン)は、店ができた頃、
   メニューの日本語に間違いがあることを指摘して、
   直してくれた結衣に対して好意を寄せてくれている。
   結衣は結衣で、仕事がらみの中国語の翻訳を
   王丹に発注したりもしている。


   退社後の「上海飯店」での、
   常連のおじさんたち(バブル期を経験しているかつての
   企業戦士たち)と、美味(おい)しい中華を食べながら
   他愛(たわい)もないひとときを過ごすのが、結衣の活力源でもある。
                             (p.355)


テレビドラマの原作に欲しい
と目を付けたプロデューサーの気持ちが分かる。
脚本、演出、配役次第では視聴率が取れそうな物語だ。


マタタビ潔子の猫魂 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

マタタビ潔子の猫魂 (MF文庫ダ・ヴィンチ)


朱野は『マタタビ潔子(きよこ)の猫魂(ねこだま)』でデビュー。
第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。
本書のヒットで広く知られるようになった作家だ。
僕は通勤電車の額面広告で知り、
書店で手にして読みたくなった。
先に読んだ続編『わたし、定時で帰ります—ハイパー』も面白かった。


わたし、定時で帰ります。 :ハイバー

わたし、定時で帰ります。 :ハイバー


自分が100人ほどの部下を持って奮戦していた時代に
ヒヤリとしたり、ニヤリとしたことを思い出すエピソードが
物語のそこここに散りばめられている。
作者は会社勤めの経験もあった人なのだろうか。


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