どんな判断が働いたのでしょうか(池上彰の新聞ななめ読み)

クリッピングから
朝日新聞2019年9月27日朝刊
池上彰の新聞ななめ読み
東電旧経営陣3人に無罪 
裁判用語 伝わったか


今月池上さんが取り上げたのは、
東京電力旧経営陣3人が起訴された裁判の判決報道でした。


  裁判に関する新聞記事は、専門用語が多く、
  一般の読者は敬遠しがちです。
  でも、東京電力福島第一原発事故をめぐり、
  旧経営陣3人が起訴された裁判となれば、
  関心を持って読む読者も多いことでしょう。


  この裁判で、東京地裁は9月19日、
  3被告にいずれも無罪判決を言い渡しました。
  無罪の理由は何か。


まさにそこが読者が知りたい一番のポイントです。
主要3紙の報道はどうだったか。


  読売新聞の20日付朝刊は、裁判長が
  「巨大津波の襲来を合理的に予測できた可能性がなく、
  事故の発生を予見できなかった」と述べたと伝えています。
  「合理的に予測できた可能性がなく」とは、
  いかにも裁判用語ですね。
  読者が戸惑います。


  毎日新聞では「事故を回避する義務を課すにふさわしい
  予見可能性があったと認めることはできない」と述べたそうです。
  「義務を課すにふさわしい予見可能性」とは何か。
  普通「ふさわしい」という言葉はプラスの意味で使われます。
  この文脈での使用は違和感が残ります。


  朝日新聞は「事故当時、巨大津波を具体的に予測して、
  対策工事が終わるまで原発の運転を止めるべき法律上の義務があった
  と認めるのは困難だ」と述べたと伝えています。
  3紙の中では朝日の表現が、読者に一番違和感がないでしょう。


まず3紙の記事原文を引用し、
それぞれ「…と述べたと伝えています」「…と述べたそうです」
「…と述べたと伝えています」と記者たちの伝聞であることを
明らかにした上で、自分の意見をコメントしています。
いつもながら読者本位の公平な論評姿勢です。


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続いて「強制起訴」を取り上げます。


  今回の裁判は、「強制起訴」されたものです。
  読売の記事には「検察官役の指定弁護士」という用語も出てきます。
  これも読者には説明が必要です。
  どう説明しているのか。


この部分に引き続き、読売、毎日、朝日の説明について
読者にわかりにくいと思われる箇所を指摘します。


  検察や裁判を担当するのは社会部記者。
  いつも法律用語を使っていると、
  読者の感覚から乖離(かいり)しがち。
  その点を自覚してほしいのです。


まさに読者が記者たちに言いたかったことを
ズバリ直言してくれます。
今月のコラムでこれまで触れてこなかった日経について
最後にこう指摘します。


  今回の判決報道で異彩を放ったのが日経新聞です。
  各紙が1面トップで大々的に取り上げているのに、
  日経は1面の下のほうに3段という小さな扱い。
  社会面で大きく扱っていても、1面の扱いには理解に苦しみます。


  東京電力は、経済新聞にとって大きな存在。
  その存在意義が問われた裁判なのですから、
  大きく扱うべきでしょう。
  どんな判断が働いたのでしょうか。


池上さんはこの判決報道の日経の扱いについて
最後にサラリと一行書いています。
「どんな判断が働いたのでしょうか」
痛烈な一行です。
およそ読者のためとは思えない判断を日経幹部がしたのではないか
という疑い、怒りが行間に込められています。


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池上さんの「新聞ななめ読み」を毎月継続して読んでいると、
新聞各社がどんな判断で記事にするのか、しないのか、
大きく扱うのか、小さく扱うのか。
理由や背景を推察する力がついてきます。


池上彰の新聞勉強術 (文春文庫)

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