議論が噛み合っているようでいて、
噛み合っていないところがあちこちで見つかる。
「不条理」に立ち向かう対論だから
案外それも著者たちの狙いだったのかもしれない。
佐藤優・香山リカ『不条理を生きるチカラ—コロナ禍が気づかせた幻想の社会』
(ビジネス社、2020)を読む。
「はじめに(佐藤優)」から引用する。
現下の日本の状況は危機的だ。
とくに今年(2020年)1月からの
新型コロナウイルスによる感染症の拡大で危機が顕在化した。
そこから脱出するのに有効なイデオロギーも
啓蒙の思想かナショナリズムしかないのではないか
という仮説を私は持っている。
この点について、ポストモダン思想に通暁し、
この思想の「伝道者」の一人であった香山リカ氏と
私は以前から掘り下げた話をしてみたいと思っていた。
香山氏は、リベラル派の有力な知識人として
政治・社会問題にも積極的に参与している。
その際、香山氏が依拠しているのは啓蒙の思想のように思える。
私は政治活動には消極的だが、
自分自身のルーツと関係する沖縄問題に関しては、例外的に行動することがある。
その際、依拠するのはナショナリズムだ。
ポストモダニズムの嵐の後、
思想にどういう意味があるかについて考えるための材料を本書は提供している。
新型コロナウイルス禍以後の世界について考えるために本書を活用してほしい。
(pp.5-6)
次に「あとがき 神の声を求めるヨブのように(香山リカ)」から引用する。
佐藤さんとの対談を終えて、
私は自分が置かれている不条理な状況を少しでも変えるためには、
自分が本来いるべき場所を探す努力をしなければならないと思い、
世界の貧困な国や紛争地帯で医療に取り組む人たちに会って、
話を聞く機会を得ようと動き始めた。
「メディア人間」の私だが、遅ればせながら、
佐藤さんが重ねてきた「リアルな出会い」を求めたのだ。
そして、この3月にはミャンマーで医療を提供している日本人医師のもとに出かけ、
”手伝いのまねごと” をしようと計画を立てた。
しかしそのあと、新型コロナウイルスが世界を襲い、
私のささやかな計画は白紙に戻ってしまったのである。
これも私にとっては不条理、理不尽な出来事そのものであった。
しかしそれでも、「事態をできるだけ世界の中で、歴史の中で、
理性の鏡に照らしながらとらえてみる」という佐藤さんに教えられた基本は忘れず、
「今自分にできることは何か」を考えている。
(pp.316-317)
急遽加えた39頁の序章を本書(全8章+最終章)の導入部にすることで、
一段とタイムリーな内容に編集されている。
香山 ほぼ一年をかけて、佐藤さんと「不条理」という文明論的なテーマについて
ポレミーク(引用者注:論争。polemic)で挑戦的な対論を続け、
ようやく出版にこぎつけたところ、
新型コロナウイルスによる世界的パンデミックが起きました。
二人で話してきた「不条理」にかかわるテーマそのものですので、
これをパスするわけにはいきません。
私たち二人の対談のまたとない導入部になると思って、
出版社に無理をお願いして、
急遽(きゅうきょ)、「序章」として付け加えてもらうことにしました。
(p.14)
著者二人、出版社、編集者の機を逃さない判断、サービス精神は
一読者として有難い。
各章末の註釈が、事実関係の整理・確認に役立つ。
編集担当:前田和男、斎藤明(同文社)
- 作者:香山 リカ
- 発売日: 2017/03/23
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- 作者:香山リカ
- 発売日: 2019/06/04
- メディア: 新書