佐藤優・山口二郎『長期政権のあと』(祥伝社新書、2020)

「面白い組み合わせだな」と思い、書店で手に取った。
佐藤優山口二郎『長期政権のあと』(祥伝社新書、2020)を読む。


長期政権のあと (祥伝社新書)

長期政権のあと (祥伝社新書)


山口「おわりに—われわれが選択を迫られた二つの道」から引用する。


  佐藤優氏とのつきあいは15年くらいになる。
  氏のデビュー作『国家の罠—外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮文庫
  を読んだ時の衝撃は、今も忘れない。
  以降、佐藤さんは受難の経験をもとに、
  権力の本質を見据える著作を次々に上梓してきた。
  しかし、その視線はルサンチマンとは無縁で、
  冷静、透徹という言葉がこれほど当てはまる政治分析は見たことがない。
  それは、佐藤さんの深い信仰がもたらした一種の奇跡だと思う。
  (略)


  私が東京に移ったのは2014年春で、
  それ以来、東京での生活は安倍政権時代と重なる。
  東京に来たおかげで佐藤さんと定期的に会い、
  議論を重ねるようができるようになった。


  安倍政権が次第に末期的様相を呈するに至って、
  二人の間の話をそのままにするのはもったいない、
  政治の現状を分析し、次に向けた構想を考える材料として世に出したいと思い、
  この対談をお願いした次第である。

                          (pp.251-252)



本書は構成が普通の対談本と違う。
1頁から数頁くらいの内容に小見出し、話者名を明記している。
一方が複数項目を続けて話す場合もあれば、
項目ごとにリレーして双方で話を展開していく場合もある。


こうした編集方法を採用した理由は
佐藤「はじめに—「コリント」技法と日本政治の分析」を読むと明らかになる。
以下、引用する。


  私が「山口二郎先生(法政大学教授)と親しい」という話をすると、
  不思議な顔をする編集者や読者がいる。
  安倍晋三(あべしんぞう)政権批判の先頭に立っている山口氏と、
  安倍政権の外交政策を肯定的に評価する私が
  なぜ親しいのだろうかと疑問に思うようだ。
  こういう人たちに、私は「政治的立場の違いは本質的問題ではない。
  重要なのは。話者の誠実性と学識だ」と答えている。
  (略)


  さて、インテリジェンスの世界には
  「コリント(Collint)と呼ばれる分野がある。
  「Collective Intelligence」の略語だ。
  (略)


  IT分野で使われることが多いが、
  インテリジェンスの世界ではすこしニュアンスが異なる。
  日本外務省では「協力諜報」と訳している。


  CIA(米中央情報局)、SVR(ロシア対外諜報丁)、
  モサドイスラエル諜報特務丁)などの対外インテリジェンス機関は、
  それぞれ得意分野と不得意分野がある。
  自分の得意分野に関する情報をそれぞれ提供することで、
  インテリジェンス・コミュニティ全体のレベルを上げていこうとするのが「コリント」だ。
  (略)


  「コリント」にあたっては、重要な作法がある。
  事実、認識、評価をはっきり区別することだ。
  (略)


  山口氏と対談しながら、
  かつてモサドSVRの分析専門家と議論した時の記憶が甦(よみがえ)ってきた。
  事実、認識、評価を区別して議論すれば、
  政治的立場、人物に対する感情などにかかわらず、
  冷静な議論ができ、双方にとって有益な結果をもたらすことができる。
  (略)


  本書を通じ、私は現下日本政治の分析とともに
  「コリント」の技法を読者に伝えたい。
  (略)

                    (pp.3-6)


議論に使える「コリント」の技法を読者に伝えるためには
話者の立場の違いを明らかにする、小ブロックごとの編集が有効だ。
事実、認識、評価の区別が明快になる。
その上で著者ふたりが出した結論を読み、
それに対して自分は賛成か、反対か、留保か、立ち止まって考えればいい。


本書は以下5章で構成。


  第1章 安倍政権の正体
  第2章 長期政権が変えた世界
  第3章 なぜ、自民党は強いのか
  第4章 安倍政権後に訪れる国難
  第5章 もはや先進国ではない


「おわりに」から再度引用する。
山口の職業的良心がよく表れていると思えた一文だ。


  コロナ禍に際して、
  世界の知性と言われる哲学者や歴史家が時代の転換を説いているが、
  日本で言えば新書を買って読むような市民の思考の総量が、
  国民的な判断を実質的に形づけると私は信じている。

                          (p.253)


          編集:飯島英雄(祥伝社
          編集協力:戸井薫
          取材協力:朝日カルチャーセンター新宿