手嶋龍一・佐藤優『公安調査庁』(中公新書ラクレ、2020)

佐藤優さんが会員制有料メルマガ「インテリジェンスの教室」
(Vol.184、2020年7月8日配信)でこう書いている。


  外交ジャーナリストの手嶋龍一氏
  中公新書ラクレ公安調査庁』を上梓しました。
  一般によく知られていないこのインテリジェンス機関に関する
  基本書になると自負しています。



手嶋龍一・佐藤優公安調査庁』(中公新書ラクレ、2020)を読む。
手嶋の「まえがき」から引用する。


  「公安調査庁」という一般にはほとんど実態が知られていない
  インテリジェンス機関を取りあげ、本書を編もうと取材に取りかかったのは、
  コロナ禍が起きる前だった。


  戦後日本の独立と軌を一にして発足したこの政府組織は、
  逮捕権も持たず、強制捜査権もなく、
  外交特権に守られた在外の情報要員も持たない。
  国からの予算も少なく、人員も限られており、
  納税者からも存在を認められているとは言い難い。
  いわば「最少にして最弱」の機関と見なされてきた。
  (略)


  公安調査庁は、かつてオウム真理教が起こした
  サリン事件を手がけた経験を持ち、
  生物・化学兵器に対する豊富な情報を蓄積している。
  世界の感染症とウイルスの専門家から
  貴重なヒューミント(人的情報収集)を集めて収集・分析し、
  政治の意志決定に貢献できる潜在力を秘めている。
  (略)

                       (pp.6-7)


本書を読み進めていくと、
以下の一見無関係に見える事件がつながってくる。
点と点を結ぶ線が公安調査庁の活動であると著者たちは語る。


  ▶オウム真理教サリン事件(1994-95)
  ▶金正男(キムジョンナム)成田空港拘束事件(2001)
  ▶同クアラルンプール空港暗殺事件(2017)
  ▶北大生シリア渡航未遂事件(2014)


本書執筆の最大の動機は、
公安調査庁の活動を世に広く知らせ納税者の理解を助けることで、
コロナ禍の日本の対応能力強化に資することだったのではないか。
推論や判断の根拠としている参考資料を明かし、
読者自身が入手し、自分で深掘りできるようにしている。
一例を紹介する。


  佐藤 公開情報ということでいえば、
     『内外情勢の回顧と展望』と『国際テロリズム要覧』をまとめ、
     公表しているくらいですね。
     どちらも公安調査庁のホームページからダウンロードできます。

  手嶋 ただ、一般の人は見ないですよ。
     メディアも記事としてほとんど取り上げない。

  佐藤 ところが、この『回顧と展望』は、
     A4版84ページのなかに、貴重な情報がぎっしり詰め込まれています。
     国内外の政治情勢をはじめ、
     その情報の質の高さは、ちょっと驚くくらいのレベルです。

  手嶋 お役所の情報活動にはいつも手厳しい佐藤さんが、
     そう評価するのですからクオリティーはかなり高いとみていい。

  佐藤 お役所仕事として、アリバイ的に出している類いのものではありません。
     これだけ質を担保して民間のシンクタンクに依頼すれば
     億単位のコストがかかると思います。

                          (p.96)


公安調査庁のホームページを訪れ、
『回顧と展望』最新版(2020)をダウンロードした。
目次を見るだけで一級資料であることが分かる。
オシント(OSINT=Open Source Intelligence、オープンソースインテリジェンス)とは
こういう公開資料を探し出し、読み解くことだと佐藤は実践で教えてくれている。
「このインテリジェンス機関の基本書」と自負するにふさわしい仕上がりの新書だ。


     編集:中西恵子中公新書ラクレ編集長)
     構成:南山武志(フリーランス編集者)


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