朝日新聞朝刊土曜別刷be連載途中から読んでいた(全50回)。
一冊にまとまったら、通して読んでみたかった。
小池真理子『月夜の森の梟(ふくろう)』(朝日新聞出版、2021)。
(絵 横山智子/装丁 田中久子)
「連載を終えて」から引用する。
遠からず逝くことはわかっていた。
来(きた)るべき時がきた、と自分に言い聞かせ、夫を見送った。
その後の、やらねばならないこともなんとか終えた。
だが、そこから始まった時間は、
私の想像を遙(はる)かに超えていた。
感情の嵐との闘いが、たちまち常態化していった。
(略)
だが、そんな中、いつしか不思議なことに、
自身の心象風景を綴りたい、という想(おも)いが、
小さな無数の泡のようになって生まれてくるのを感じた。
作為も企(たくら)みも何もなかった。
すべてが変わってしまった後の、
心の風景をそのまま言葉に替えていきたくなっただけだった。
(略)
夫、妻、娘、息子、兄弟姉妹、両親、ペット……
亡くした相手は人それぞれだ。
百人百様の死別のかたち、苦しみのかたちがある。
ひとつとして、同じものはない。
それなのに、心の空洞に吹き寄せてくる哀しみの風の音は、
例外なく似通っていた。
大きな死別経験のあるなしにかかわらず、年齢も性別も無関係に、
人は皆、周波数の同じ慟哭(どうこく)を抱えて生きている……
それが、連載を終えた今の私の実感である。
この一年は、夫のいない時間を生き始めなくてはならなくなった私が、
思いがけず無数の読者の、
同様の想いに励まされてきた一年でもあった。
(略)
(藤田が読者に伝えきれなかったと悔やんだ作品。文庫で復刊。巻末エッセイを小池が執筆)