クリッピングから
柴田元幸責任編集「MONKEY」vol.26 「特集 翻訳教室」
2022年2月15日発行
巻頭の「猿のあいさつ」から引用する。
「猿」は柴田編集長の自称である。
小説を読むときは、たいてい人物の一人にある程度同化して
ーーある程度その人の身になってーー読むわけですが、
今回、<翻訳教室>特集を作りながらふと、
翻訳者としての自分は、いままでどんな人物に一番深く同化し、
烈しく共鳴しただろうか、と考えました。
(略)
どうも文字どおりの翻訳者には、
これだという人がいないみたいなので、
一気に全登場人物に話を拡げると、いました。
深く同化してしまう人。
カズオ・イシグロ『日の名残り』のスティーブンス。
自分個人であることなんかに全然興味がなく、
ひたすら執事であること、主人に仕えることに己の価値を見出している男
(この人のファーストネームが最後までわからないのは象徴的)。
これってひたすら作品に仕えることを目指し、
自己実現なんて知るか!と考えるわが理想の翻訳者像とぴったり重なります。
もちろんスティーブンスの場合、晩年に至り、
かつて自分が仕えた男が実はチャチなファシストだったことを思い知り、
自分の人生がいかに無駄だったか、むしろ害すら為したのではないか、
と考えるわけで、ここはさすがに違うと思いたい。
今後僕が、いままで訳した作品は全部クズだった!
と悟ったらそれはそれで面白いドラマかもしれませんが、
まあできればそうならないままやって行きたいと思います。
(略)
(5年前の翻訳特集)