時空を超え、地下水のようにつながる人間の「無意識」をくみ上げる(伊藤比呂美)

クリッピングから
朝日新聞2022年6月18日朝刊別刷be
フロントランナー
詩人 伊藤比呂美(いとうひろみ)さん(66歳)


  だが仕事も家庭も順調なはずの90年ごろから心を病む。
  91年の離婚後も元夫や娘たちと同居しながら、
  恋愛に悩み、詩は書けず、うつに苦しんだ。


  97年に渡米したのは、
  英国出身の画家との間に生まれた三女を含む5人で新たに家族を作り、
  画家の住む西海岸で再出発するためだった。


  大転換の渦中で、九州の地方紙で人生相談を始めた。
  移民という立場や言葉の壁にもがき、
  思春期を迎えた娘たちと格闘。
  活路を求めて犬を飼うと、自然や植物に目が向いた。
  熊本で老いる両親にすすめた仏教に自分がはまり、
  お経の現代語訳に没頭する。
  それらを活字にして出版し、さまざまな賞を獲得した。
  

  帰国後、早稲田大や市民講座で詩を教え始めた。
  「時空を超えて地下水のようにつながる
  人間の『無意識』をくみ上げるんです」。
  書き方のヒントをそう伝えている。


  ●●●

  生活の場を米国に移したことで家族は大変で、
  満身創痍(そうい)でした。
  仕事は途切れ、孤独でもあった。
  それが誰かの苦しみに耳を澄まし続けるうちに、
  一緒に悩み、ともに生きている気がしてきた。
  「一人じゃない」と。


  しばらくして、それまで「私」で書いてきた文章を
  「私たち」として書けるようになりました。
  2007年の「とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起」辺りからで、
  人生相談のおかげです。
  (略)


    ーー18年から3年間、早稲田大で教壇に立ちました。

  もう一度、詩に出会う貴重な経験でした。
  3年目、コロナ禍でオンライン授業になり、
  芸能人の自殺が相次ぎました。


  20歳前後の心の中は
  「とにかく死にたい。生きててどうするんだ」が基本。
  私の講義でも「死にたい」という声があふれました。
  ものすごく孤独で苦しんでいて、社会から放置されている。


  それで前期の最後、
  宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を300人全員で朗読しました。
  パソコンの前でそれぞれ実際に声を出し、
  互いに聞き合えるようにして。
  「初めて皆の声を聞いた」という子もいて、涙が出ました。
  (略)

              (文・高橋美佐子/写真・山本正樹)




NHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」に月一回出演。
リスナーからの人生相談に応える「比呂美庵」を主宰している。
源一郎さんは比呂美さんを
生前「寂庵」を主宰した瀬戸内寂聴さんの後継者と認めている。



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[追記:062822]

伊藤比呂美さん「フロントランナー」の記事、
反響がありましたね。

(be 2022.6.26付/読者おたより欄「みなさんから」)