佐藤優評:奥野一成『ビジネスエリートになるための投資家の思考法』(ダイヤモンド社、2022)

クリッピングから
毎日新聞2022年11月5日朝刊
「今週の本棚」佐藤優評(作家・元外務省主任分析官)
『ビジネスエリートになるための投資家の思考法』
奥野一成著(ダイヤモンド社・1650円)



  奥野一成氏(農林中金バリューインベストメンツ株式会社
  常務取締役兼最高投資責任者 [CIO])は、
  長期投資のプロとして業界で有名な人物だ。


  本書のタイトルは投資家向けになっているが、
  インテリジェンス分析や人事マネジメントにも応用できる
  ノウハウが満載されている。
  実質的には、エリートの思考法について、
  わかりやすく解説した本だ。
  (略)


  特に評者が興味深かったのは、
  情報と思考の関係についての奥野氏の考え方だ。


  <仮説を導くときに一次情報以外の検索をするのは考え物です。
  誰かの意見とか感想などの二次・三次情報は
  仮説構築の邪魔になることはあっても助けになることはありません。
  自分で考えるということの妨げになるからです。/
  (中略)


  ネット情報を賢く利用している人は、
  一次情報の事実(ファクト)だけを集めて、
  99%は自分で考えているのです。/


  インターネットは情報へのアクセスを
  完全にオープンなものにしました。
  誰もが障壁なく情報にアクセスできる時代、情報そのものには
  価値がなくなったと言っていいでしょう。
  それに反比例する形で「考える」ことの価値が増大したのです>。


  評者も同じ意見だ。
  情報(インフォメーション)は素材に過ぎない。
  情報を基にして自分の頭で徹底的に考えて、
  事実の中で事柄の本質につながるインテリジェンスを見つけ出すことが
  分析専門家には求められる。
  洪水のような情報に溺れて考えることを怠ってはいけない。


  奥野氏は思考を深める上で書く作業が重要だと考える。


  <ちなみに私は、何でも手書きでメモをとるようにしています。/
  この本を書く際も、リングノート「Mnemosyne」のA4サイズの白紙に
  「誰に、何を伝えたいのか」から手書きで書き始めます。
  そこに、自分の知識や経験から伝えられる事実、出来事、
  実用的なデータ、事例などのパーツをどんどん付け加えていくイメージです。
  そのメモが、新たな思考のヒントになり、
  仮説を整えるときのフックになって、
  新たに「伝えたいこと」が生まれます>。


  評者も構想メモはコクヨのB5判100枚ノートに
  ボールペンか万年筆で書くようにしている。
  自分の手で書く作業によって、
  頭の中で曖昧だった事柄が言語に対象化されていくからだ。