クリッピングから
毎日新聞2021年7月17日朝刊
「今週の本棚」佐藤優評(作家、元外務省主任分析官)
『なぜ、インテリジェンスは必要なのか』
小林良樹著(慶應義塾大学出版会・2970円)
小林良樹氏(1964年生まれ、明治大学公共政策大学院特任教授)は、
警察庁出身で高知県警本部長、
内閣情報分析官(国際テロ担当)を歴任した
インテリジェンス実務に通暁した学者だ。
本書は、小林氏の体験に基づくエッセイではない。
インテリジェンスに関する国際基準の学術的批判に耐えることができる
高度の水準の教科書だ。
文章も読みやすく、スパイ映画からインテリジェンスの現実をどう学ぶか
というコラムを織り込むなど、
専門的な事柄を一般の読者に理解してもらうための工夫が
随所になされている。
ひじょうにていねいに作られた本だ。
(略)
日本で立ち後れているのは、
人間を通じた対外インテリジェンス活動だ。
この分野を強化せよと主張する政治家や有識者が少なからずいるが、
小林氏はその際の問題を端的に指摘する。
<秘匿性の高いヒューミント担当者の活動は、
相手国においてはいわゆるスパイ罪、
秘密情報の漏洩(ろうえい)の教唆罪等の
違法行為に該当する場合があります。
(中略)
インテリジェンス機関が
組織的に本格的な対外ヒューミントを行うためには、
職員によるこうした活動に対して
少なくとも自国政府としては免責を与えるような法制度を
整備する必要があります>。
ヒューミント活動は身分偽装や外国公務員の買収など
違法行為を伴う場合が多い。
インテリジェンス・オフィサーは
外国で職務を遂行する過程で違法行為を犯すのであるから、
自国ではそれを免責する仕組みがなくては仕事ができない。
対外ヒューミントに踏み込むには
日本国家として相当な覚悟が必要となる。
(略)
小林良樹の著作を
慶應義塾出版会が出し続けているのが面白い。
本書はその最新刊(他の著作は添付資料を参照)。
この分野に目利きの編集者がどなたか中にいらっしゃるのだろうか。
佐藤優さんのお墨付きで安心して手にすることができる
インテリジェンスの教科書だ。