クリッピングから
毎日新聞2023年2月11日朝刊
「今週の本棚」佐藤優(作家、元外務省主任分析官)評
『安倍晋三 回顧録』北村滋監修(中央公論新社・1980円)
去年7月8日に安倍晋三元首相が銃撃され、死亡する事件がなければ、
本書がわれわれの目に触れるのはずっと先になっていたと思う。
ロングインタビューの聞き手となった橋本五郎氏、尾山宏氏は、
<『安倍晋三 回顧録』は22年1月にはほぼ完成、
まもなく出版の運びになっていました。
しかし、安倍さんからしばらく待ってほしいと
「待った」がかかりました。
安倍派会長として本格的に政界に復帰しようとしていました。
内容があまりに機微に触れるところが多いので
躊躇(ちゅうちょ)されたのでしょう>
と述べている。
今後、この回顧録の内容は
さまざまな方面から検証されることになると思うが、
安倍氏が歴史法廷の被告人席に立つ覚悟をもっていることが
行間から伝わってくる。
特にロシアのプーチン大統領との北方領土交渉については、
外務省が半永久的に公開しないであろう重要証言が多々盛り込まれている。
まず興味深いのが、18年11月14日の日露首脳会談の準備に関して
外務省ルートが機能しないので内閣情報調査室と
SVR(露対外情報庁)をチャネルに用いたという事実だ。
(略)
<(18年)12月のブエノスアイレスの会談では、
翌年6月に大阪で開かれるG20首脳会談での合意を目指す、
という考えで一致していたのです>
と披瀝(ひれき)した後、
交渉が頓挫した原因について、
<私も一生懸命説得したけれど、
ロシアの米国不信は拭えなかったのかもしれません>
と述べる。
米露関係の急速な悪化で
日露の外交機会の窓が閉じてしまったのだ。