中井久夫『最終講義 ー分裂病私見』(みすず書房、1998)

Eテレ「100分de名著/中井久夫スペシャル」(2022年12月放送)で
指南役・斎藤環が取り上げた5冊のうちの1冊。
中井久夫『最終講義 ー分裂病私見』(みすず書房、1998)を読む。



1997年3月5日、中井が神戸大学定年退官にあたり、
医学部第五講堂で行った最終講義を収録している。
語り出しからして魅力的である。
引用する。


  どんな面白い推理小説でも
  最初の五ページは面白くないものです。
  まして精神医学の話ですから、
  しばらくは辛抱して聞いて下さい。
  精神医学は目に見えないもの、
  語りにくいものを何とか目に見える形に表し、
  ことばで輪郭なりとも描こうとする試みでもあります。


  私どもの教室では皆が総がかりで
  今から述べるようなことをやっているわけではありません。
  皆さんがいろいろなことをやっているわけですが、
  てんでばらばらかというと、そうではなくて、
  臨床医学ですから臨床を第一義におき、大切にする、
  この一点でずっとまとまってきたと私は信じています。


  今日は、私の仕事のすべてを述べるわけでもありません。
  何十年もやってきたことを百分かそこらで述べたら、
  私も皆さんも目がまわる思いがするだけでしょう。
  私の分裂病論についてのすべてでもありません。
  たとえば、精神療法についてはほとんど触れないでしょう。
  それは大講堂で高いところから語るのには
  そぐわない主題のように私には思われます。


  また、1995年夏に完成した
  神戸大学病院の精神科病棟である清明寮は
  私たちの臨床経験をできるだけ活かして作っていただいたのですが、
  その哲学を本気でお話すると、
  話が広がりすぎてしまうでしょう。

                          (pp.2-3)


なお「分裂病」の呼称については本書巻末に
版元の以下の断りが掲載されている。


    読者の皆様へ

    2002年1月、日本精神神経学会理事会において、
    従来「精神分裂病」と呼ばれてきた病名を
    「統合失調症」に変更することが承認され、
    同年8月に開催された「世界精神医学界」で
    名称変更が公表されました。
  

    それにともない、
    2002年10月以後に刊行される小社の該当新刊書につきましては、
    書名および本文中の表記は
    「統合失調症」に統一する方向で考えてまいります。
    また、本書のように、すでに刊行されている書籍内での
    「精神分裂病」あるいは「分裂病」の表記に関しましては、
    「統合失調症」と読みかえていただきたく存じます。
  

    「精神分裂病」という用語が
    医療現場や社会生活で支障を生み、
    名称変更にいたるいきさつは重大視しておりますが、
    どうぞご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。 

      2002年9月 

                         みすず書房