クリッピングから
毎日新聞2023年6月10日朝刊
「今週の本棚」佐藤優評(作家・元外務省主任分析官)
『池上彰の「世界そこからですか!?」
ニュースがわかる戦争・国家の核心解説43』
池上彰著(文藝春秋・1760円)
池上彰氏は、テレビと活字(出版)の両分野の第一線で
長期間活躍している稀有(けう)なジャーナリストだ。
池上氏の解説は、実証的かつ客観的で、わかりやすいが、
立場を表明しないので物足りない(あるいは狡(ずる)い)
と批判する人がときどきいる。
池上氏の高等戦術を理解していないから、
そのようなピント外れの批判をするのだ。
池上氏は、メディアの主流の傾向を厳しく批判することがよくある。
ただし、独自のレトリックを用いるので毒が見えにくいのだ。
ウクライナ戦争に関しても、
マスメディアの主流派や国際政治学者の姿勢から距離を置いている。
具体的には、2022年12月にロシア領内の基地が攻撃された際の論評だ。
<今回、ロシアの空軍基地が攻撃を受けたことについて、
アメリカのブリンケン国務長官は、
「我々はウクライナがロシア国内に攻撃するよう促していないし、
それを可能にさせてもいない」と述べました。
アメリカはウクライナにロシアを攻撃するように
仕向けてはいないという弁明です。
今回の攻撃にアメリカも衝撃を受けているように見えます。
でも、このアメリカの発言は、
ウクライナがロシアの攻撃に抵抗できる程度の武器は渡すが、
ロシアを敗北させてしまってはいけないと
言っているようなものではありませんか。
ロシアが勝たないように、ウクライナも勝たないように。
これではいつまで経(た)っても戦争は終わりません。
それでも、これが長引けば、
やがてロシアは他国を侵略する力を失ってしまう。
これがアメリカの狙いでしょう。
まさに”管理された戦争”です>。
ウクライナ戦争がアメリカによって「管理された戦争」で、
その目的はロシアの弱体化なので
この戦争はいつまでも終わらないという見方は鋭いし、正しいと思う。
ただし、この戦争を民主主義VS権威主義の対立と見なす
メディアの主流の見解とは異なる。
池上氏は、アメリカの帝国主義的政策に対して批判的だが、
表現が軟らかいので、読者の反発を買わない。
(略)