千葉聡『歌うカタツムリーー進化とらせんの物語』(岩波現代文庫、2023)

書店でタイトルに惹かれ手を伸ばし、
頁を繰るうちカタツムリの物語に引き込まれていった。
千葉聡『歌うカタツムリ ーー 進化とらせんの物語』
岩波現代文庫、2023)を読む。



「プロローグ」から引用する。


  およそ二〇〇年前、
  ハワイの古くからの住民たちは、
  カタツムリが歌う、と信じていた。
  彼らは先祖代々、
  ハワイの森や林の中に途絶えることなく湧き上がる不思議な音を、
  小心者のカタツムリたちのささやき声だと考えていた。


  一九世紀の半ば、宣教師の身でありながら、
  ハワイのカタツムリ ーー ハワイマイマイの研究から
  進化学の歴史に偉大な足跡を残したジョン・トマス・ギュリックも、
  このカタツムリたちの歌声のことを書き残している。


  若き日のギュリックは、
  木の上に群れをなしているハワイマイマイが奏でる、
  さざめきのような音を聞いたというのだ。
  真夜中に聞こえたその音を彼は、
  天球の音楽からのこだま、と表現した。
  そして、その繊細で不思議な響きは、
  コオロギの鳴き声などといったものではなく、
  カタツムリたちの神への賛美の声である、と。


  一方、それから後の時代の研究者の多くは、
  この話には否定的だった。
  カタツムリが音を出すということは考えにくい、
  おそらくコオロギの鳴き声を勘違いしたものだろう、
  と結論づけている。


  結局このカタツムリの謎は、完全には解けぬままとなった。
  なぜならハワイのカタツムリたちは、二〇世紀に入ると、
  わずかな痕跡を残して忽然とその姿を消してしまったからだ。
  証拠立てるものが失われてしまった今となっては、
  歌うカタツムリの真相は知る由もない。

                        (pp.1-2)


「あとがき」から引用する。


  本書は岩波科学ライブラリーシリーズの一冊として出版されたものだが、
  文庫化にあたり、若干の加筆、修正を加えた。
  二〇一七年の六月、
  岩波科学ライブラリー版が出版された日は、
  ちょうど私が南硫黄島という絶海の孤島で、
  約九〇〇メートルの山頂に向けてアタックをかけていた日であった。


  ロープを頼りに急崖に取り付くなか、
  上から次々降ってくる転石をゲームのように避けるのに必死で、
  同書のことを意識する暇もなかったのだが、
  幸運にも登頂に成功し、また島からの帰還もかない、
  同書の出版を知って改めて無事でよかったと安堵したものである。


  そんな危険を冒した理由が、カタツムリの調査だ、と知ると、
  たいていの人は驚き、あきれるのが常である。
  そんなものに命懸けになるなんて意味不明、
  頭がおかしいのではないか、というわけである。


  しかし本書には、研究者としての人生をかけて、
  情熱をカタツムリに捧げた人々が登場する。
  彼らがそこまでこの小さな生き物に執着した理由は何か。
  それはカタツムリの研究を通して自然の普遍的な原理を見出したい、
  という壮大な意欲に駆られていたためであろう
  (略)

                          (p.229)


「目次」は以下の通り。


  プロローグ
  1 歌うカタツムリ
  2 選択と偶然
  3 大蝸牛論争
  4 日暮れて道遠し
  5 自然はしばしば複雑である
  6 進化の小宇宙
  7 貝と麻雀
  8 東洋のガラパゴス
  9 一枚のコイン
  エピローグ
  あとがき
  解説 螺旋のようにめぐる進化論争 河田雅圭
  参考・引用文献



    本書は二〇一七年六月、
    岩波書店より岩波科学ライブラリーの一冊として刊行された。
    2017年度毎日出版文化賞受賞作。


以下、毎日新聞「毎日出版文化賞」サイトより引用。


  第71回毎日出版文化賞 受賞作決まる


  第71回毎日出版文化賞(特別協力=大日本印刷株式会社)の受賞作が決定しました。
  同賞は、文学・芸術▽人文・社会▽自然科学
  ▽企画(全集、講座、辞典、事典、書評など)――の4部門と、
  広く読者に支持され出版文化の向上に寄与した特別賞とで構成されています。


  昨年9月1日~今年8月31日に初版が刊行された出版物と、
  同時期に完結した全集などが選考の対象で、
  今回は計346点(出版社の自薦と、毎日新聞社が委嘱した識者による推薦)から
  予備選考、最終選考を経て以下の5作品が選ばれました。


  古処誠二
  ●文学・芸術部門
  「いくさの底」古処誠二著(KADOKAWA

  東浩紀
  ●人文・社会部門
  「ゲンロン0 観光客の哲学」東浩紀著(ゲンロン)

  千葉聡氏
  ●自然科学部門
  「歌うカタツムリ」千葉聡著(岩波書店

  田川建三
  ●企画部門
  「新約聖書 訳と註 全7巻(全8冊)」田川建三訳著(作品社)

  前野ウルド浩太郎氏
  ●特別賞
  「バッタを倒しにアフリカへ」前野ウルド浩太郎著(光文社)


  受賞作は下記のウエブサイトでも紹介しています。

  honto(https://honto.jp/cp/netstore/2017/mainichi-bunka-award
  e-honhttp://www1.e-hon.ne.jp/content/cam/2017/mainichi.html


  ◆選考委員

  鷲田清一氏 京都市立芸術大学理事長・学長(哲学)
  佐伯一麦氏 作家
  瀧浪貞子氏 京都女子大学名誉教授(日本古代史)
  武田 徹氏 評論家・専修大学教授(メディア論)
  成毛 眞氏 書評サイト「HONZ」代表
  西垣 通氏 東京大学教授(情報学)
  沼野充義氏 東京大学教授(スラブ文学)
  林真理子氏 作家
  御厨 貴氏 東京大学客員教授(日本政治史)
  小松  浩 毎日新聞社主筆