30歳、40歳も下の人と本気でぶつかり合えるなんて一般社会ではないこと(谷川浩司)

クリッピングから
朝日新聞2023年11月25日朝刊
純情順位戦ー将棋の棋士のものがたりー
谷川浩司十七世名人 47年目の長い夜



40代半ばになると、
挑戦権より残留を意識することが多くなった。
そして、2013年度には
名人5期含む32期連続で在籍したA級から陥落する。


「30代までは、落ちるかもしれないけど
 すぐに戻って来られるだろうと、
 悪い時こそ開き直り、立ち直れていた。
 でも51歳で陥落が決まって、
 最終戦感想戦が終わって駒を片付ける時、
 もうA級の舞台で戦うのは最後になるかもしれないな……
 という気持ちになったことを強く覚えています」


年齢を重ねながら順位戦を戦い続け、
地位を維持することは並大抵のことではない。


「私は永世名人資格は頂きましたけど、
 大山先生や中原先生のような大名人ではないですから。
 大山先生(名人18期含むA級44期連続在位のまま死去)の基準で
 考えられるのはハードルが高すぎますよ」


A級陥落後の谷川は、
B級1組を6期戦って再び降級した。
現在は4期目のB級2組を戦うが、
B2以上の3階級に在籍する棋士51人のうち
60歳を超えるのは同い年の中村修と谷川の2人しかいない。


「昔より難しくなっていますけど、
 これ以上落ちて現役を続けることが許されるのか
 という思いもあります」


還暦を迎えた昨年、
現役のまま十七世名人を襲位した。
江戸時代から続く地位を継承し、
永遠に失うことのない称号を肩書とするが、
勝負において意味はなさない。
盤上では問われるのは力。
強い者が勝つ世界を生きている。


「まだ将棋のすごさを体感したい。
 苦しい世界ですけど、
 30、40歳も下の人と本気でぶつかり合えるなんて
 一般社会ではないこと。
 幸せなことです」


光速の二文字への誇りは消えない。
(略)

                   (文化部・北野新太)