アンディ・グロープと自由の代償


プチ夏休みと言っても
ベルリンスクール卒業生は遊んでばかりいるわけではない。
ゴルフにも行かず(もともとやらない)、
ドライブにも出かけず(高性能の自転車を所有)、
義理の会合には無論参加せず、
外国語を学び、本を読み、
インターネットで自分の関心事について調べている。
この数日は猛暑である。エアコンも効きづらい。
家にこもって勉強するには絶好の条件が揃っている。


とは言え、勉強だけの生活も奥行きがない。
昨日は同居人、副会長とUniqlo温泉に出かけた。
Uniqlo温泉はUniqloが経営しているわけではないが、
一階にショップがあり、二階が温泉、三階がスポーツクラブである。
もともとスポーツクラブを作ろうと工事していたら
関東地方に多い天然の黒湯を掘り当てたのが温泉誕生のきっかけだ。
スポーツクラブ経営者が
みなさんに湯につかってもらおうと二階を温泉にした。
温泉やサウナの設備は言うに及ばず、
休憩室や整体、マッサージ、レストランなどが充実していて(別料金)、
なかなか楽しい場所である。


Uniqlo温泉で一二時間くつろいでから
自転車で地元の台湾料理Fに出かける。
働き者で腕のいい台湾人シェフ夫妻が経営する、
うまくて安い台湾料理屋である。
秘湯会ももちろんひいきにしている。
写真は二種の百合のつぼみと芝海老を炒めた一皿。
薬膳料理であり、猛暑の日々を元気に過ごすための知恵でもある。


同居人が「あんた、楽しそうだね」とのたまう。
そう、クオリティ・オブ・ライフは
僕たちの手に届かない、どこか遠くにあるのではない。
気持ちの持ち方と時間の過ごし方次第で、いま僕たちの目の前にある。
為政者であろうと、会社の上司であろうと、
僕たちからその自由を奪うことはできない。
少なくとも2008年8月の日本では。


しかし、そうした自由を持てることは
人類の歴史においては決して当たり前のことではなかった。
突然、私有財産を奪われ、戦争に徴用され、
牢獄や収容所に送られ、
自分の意見さえまともに言えない環境に放り込まれる理不尽を
どこの国家の、どこの国民も経験してきた。
映画や小説の中の出来事ではない。ノンフィクションだ。
台湾名物、揚げたしらすとピーナッツのおつまみを噛みしめながら
僕は自由の尊さも同時に噛みしめてみる。


そうしたことに思いを馳せるのも
インテル創業メンバーのひとり、アンディ・グローブの伝記、
アンディ・グローブ 修羅場がつくった経営の巨人 上下」
(リチャード・S・テドロー著 有賀裕子訳)を
読んでいるからかもしれない。


アンディ・グローブ[上]―修羅場がつくった経営の巨人

アンディ・グローブ[上]―修羅場がつくった経営の巨人


アンディは20歳のとき、ハンガリーからアメリカに
身一つで亡命してきたのだ。家族ともバラバラになって。
アンディにとって自由とは代償なしに
手に入れられるものではなかった。


料理屋を営む台湾人夫妻にとっても
異国の地、日本で長く商売していくための努力は
並大抵のものではなかったろう。
いくつものテーブルの注文をキビキビ笑顔でさばく奥さん、
キッチンでただひとり黙々と料理を作り続けるご主人。
他人に侵されない自由を得るために、
日々どれほどの緊張感と集中力を持ち続けているか、
僕はつい想像してしまうのだ。